暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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●喰-kuu- (ライトノベル MF文庫J)




だから、見せてやってくださいな。

他の誰でもないあなた自身が、本気をぶつけるその姿を







大食いに懸けろぅ!!

開け食道、唸れ胃袋―

熱血 大食い 活劇 !!

高校生たちの、熱き大食いバトルライトのベル。”喰-kuu-”
第6回 MF文庫Jライトノベル新人賞、優秀賞受賞作品、


にしてはかなりまっとうな作品。




変体猫はおろか定番組すら読む暇がないので第六回での比較をやろうと思ったけれど挫折した。
ので単体を読んでの感想です。


物語そのものについては公式の紹介文を参照されたし。
なんというかものすごい筆致。物語のあらすじではレネシクルのような熱血ものの王道で挫折から、大食いという新たな修羅道に目覚めるさまが描かれていますが、レネシクルほどの変態性はまったくなく、構成にしても特にこれといったものがない。

だが、ただひたすらに食べるという描写しにくい論題を複数、決してあきさせないレベルの筆致で書き上げなおかつ個性ひしめくMF新人候補を押しのけ最優秀賞を争うその筆致には驚嘆すべきものがある。

おそらく筆致だけで言えばMF内といわず他レーベルあるいは一般書の中にもこのレベルのものはそうはいないであろう。

なんとなくメディアワークス文庫で出てもおかしくないような強力な良作です。










さて、ほめるのはこのくらいにしてと。

ただいまから久しぶりに欠点指摘やるのであれがだめこれがだめ言うのを見ていると吐き気がするって人はここでページを閉じてください。









たしかに通常筆致は驚嘆すべきものがあり、現状の士気が低下しているわたしのようなやつの意識を捕らえて放さずに、最初から最後まで一気に読ませるだけの力強さがあります。
ただ頭の中に残るような毒をもつ筆致ではない。全体的に完成度が高すぎてかえって突き抜けられるところがなかった。筆致で突き抜けられるところがない分、ラストをぼかしたのがよくなかったか。

筆致の特徴としては、文のひとつひとつが漫画のシーンのように克明で動きがあり、しかもその一つ一つがまったく違和感なく流れていくので昔の古館一郎の実況を聞いているような手に汗握る語り口調なのに、握ったこぶしを突き上げる瞬間がついになく話が終わってしまっていた。

同系統の筆致でいえば赤松の兄貴もかなり物語の密度を上げているタイプでありながら、ふと信じられないようなイカスせりふや比喩表現をぶちかますという武器を持っている野に対し、うまいのにどことなく淡白で文章の描写力はすごいが物語的な密度もなければ華もない。(参照・アストロノト、緋弾のアリア)

また、途中でふと切れるのに妙な余韻を残して読者を捕らえて放さないというタイプの筆致、森田さんのような文章だけでなく物語のつなぎでその慣性のままに放り投げられた読者の心をキャッチするという構成の妙もない。(参照・ビター二作)

MFの他の筆致でいえば対極にあるのがは葉村タン&比嘉タンでこの二人は台詞や地の文での徹底した主観目線での表現であたかも登場人物の心を代弁するかのような容赦ない筆致を持っている(参照・特にこの広い世界にふたりぼっちでは登場人物の咆哮、ギャルゴ!!!!!では皮膚に触れるような恐怖や空気)


極端な筆致を持っている人をMFの中だけであげてみると、いちばんの武器である筆致だけを取ってみてもただうまいだけで、自分だけのという筆致でもなければ固有の武器もなく、ただ筆致だけで勝負するには分が悪すぎるような気がする。
では一般書との比較ではとなるとこれがいちばん相性が悪い。この一冊を読む限りでは観察眼がよくて汎用漫画レベルで独自のものがないので容易に地金をさらすような気がしないでもない。自分でも気づいていないようなところをえぐられてアーなるほどって思うようなところがなかったように思う。
ここで言う一般書というのは文芸系というよりもSFや新聞のようなあるテーマに戦いを挑んでその首級の結晶となっているタイプの本であるので、中二的な言葉繰りを延々とやっているものとは違うのであしからず。


そして、作品の話的にも近いレネシクルと比べてみるとかなり見劣りする。
レネシクルではこぶしを振り上げた瞬間にわき腹にカウンターをくらい、それでもなお回し蹴りにつなげるような気迫がある。

変態を目指すのであれば、決してぼかさず、最後の最後まで書き抜ける度胸が必要である。


ただ、このような変態というのはえてして理解されがたいものである。これらの変態にもとめられるものは人とは違うものを持っている自分の武器を一般人に理解されるように研ぎ澄ますことである。変態たちはそれが達成されたとき、真に人の心を読後に変えてしまうようなものを描き出す可能性を秘めている。


人を変えるというのは難しいようですが川岸殴魚さんが言っているような笑えるラノベというようなコンセプトでもいいような気がします。

変態であれ王道を歩むのであれ、本を読んだ人間をどのように動かしたいのか、それが最終的に本の提供者に要求されてくるもののように思います。それがなかったのが痛かったなぁと思う。



とまあかなり変なことを書いてみましたがよくも悪くも本を読んだら人は変わるわけです。

NHKでやってたマイケルサンデルさんのこれからの正義の話をしようの講義の締めでは、勉強して新たな視点を手に入れると、今まで見てきたものが今までのように見えなくなるかもしれない、けれど決してその変化を恐れないでほしいというメッセージがありました。
本は読んだことがないのですが、このようなメッセージをというものは本を読んだだけではあまり伝わらず、本を使っての講義に出席する意義というものはこのようなメッセージをはじめとするこの本のどこが大事なのかというものを受け取れるというところにあります。


このように人を変えるという場合に必要となっているのは決して中身だけではなくそれを伝える手段というものが必要になってくるわけです。

たとえば営業の人間と開発の人間がいたとして、商品について技術的なことを語りつくせるのは開発の人間でしょうが、買い手の事情を聞いて事例を蓄積し適切な商品を選択したり説得したりできるのは営業の人間であるようなものなのでしょう。


本作に限って言えば伝える手段という部分が強力すぎ、話が悪いというというわけではない、この二つの乖離が問題だとわたしは思う。
あのガッツポーズに応える描写がなされていながらも、それを最後まで書ききらなかったところに個人的な不満がある。完成度は二の次でもよかったように思う。変に色気など出さず、徹底して言葉でシーンをえぐり続ければきっと一皮向けて王道を歩めるような可能性の片鱗は見えたように思う。けど、これがいちばん難しいんだろうなぁ・・・




まだまだ妄想を続けてみると、なんとなくベースになっているのが連載漫画のようで本はあまり読まない人なのかなぁという印象を受けた。
動画のような筆致ではあるものの、文章に没頭した人特有のいやみというものがなかった。それがまたつめを誤った原因かもしれない。
動画が好きな人でもそれが映画なら本一冊を読んだ人に与えるべきものに対する姿勢はまた違ったものになったかもしれない。

総じて見るとかなりレベルが高い、面白いのにこれといった印象を残さないそうめんのような印象を受ける。
確かにMFらしくはないものの森田さんのように何かやらかしそうな得体の知れなさをもっているというよりはなんとなくすでに完成されていて伸び白がないようにも思える。

かなり長い間文章を書かれていたみたいで、文章はうまいものの文章以外によってたつものを得られるかどうかで次のステップにいけるかどうかだと思うなぁ。文章以外が汎用スキルでしかもそれをうまく捕らえられていないような印象を受けるので、文章で捕らえて伝えたいものの優先順位をつけられるところまで行けばまたひとつレベルが上がりそうだ。


キャリアの長い人やすでに死んだ人の本を読んでいるとその作風が変わるというか何に重きを置いているかがよくわかるようになるのですが、たとえばわたしの場合は司馬遼太郎の本を大体読んでいます。この人はある種の軍オタであったものの最終的には男の生き様を書きたかったとか語ることはあっても、書いてきたものは生きている人間の本当に具体的な行動や息遣いではなかったのかと思うようになりました。
たとえばこの国のかたちという言葉を乱発する人の中には竜馬のようなヒーローがデザインする社会を理想としているような気持ちの悪い人がいますが、書き手にとって見れば竜馬であろうが江藤新平であろうがアイルランドからアメリカにわたった移民であろうが大差なかったのではないかとも思えるわけです。たまたま竜馬という人間を追っていったら日本が変わっちまった程度のものしかないのでしょう。でなければ無名の人の日記などを読んで本を書こうというような無駄にも思えるような資料集めはしないでしょうし、街道を行くなど書きはしなかったでしょう。
大阪つながりなのかもしれませんが有川浩さんも似たような道を歩んでいるように見えます。



最終的にどこに行き着きたいのかなんていうのなんて想像しろとかいうのは無理な話でしょうが、ただデビューしたいという目標はすでに達成してしまっているわけですから、次の目標が何なのかが気になるところ。
そしてもひとつMF作家に特有の書き手の背後に何かいる的な恐ろしさを感じることがないので、これからそういった強力な背景を作るのは決して無駄ではないような気がします。
とくにすでに筆致はそれなりにあり、一般書的な商品価値の実現をそれなりには達成できそうなそうでもないようなところがあるので賞金で関東のご当地グルメやローカル名物を物色してみたりして独自の視点を探すのもいいような気がします。(たとえば食に対する造詣が深いとその食がその土地の社会の中でどのようなところで出てくるのかとかいうグルメ漫画のような強みをもつことになるでしょうし、対象が菓子パンだったとしても久留米のホットドッグにはハムが入っていたり鹿児島のラスクが砂糖バリバリで血糖値的にやばい問題を含み大食いの障害となったりと展開に幅が出てくる。)
こういうことってすぐには結果が出るものではありませんが、少しずつ少しずつ積み重ねて変態になることによって他の人には書けない視点というものが得られてくるものです。
出発点がよく訓練された一般人というところもあり、そういう視点を得たら回りの変態たちがライトノベル作家中でも異様な個性を持っていることを身をもって実感してやってく自信をなくすかもしれませんが、それにも負けない実力を持っているのでそんなに気に線でもいいような気がします。それらをうまく飲み込めるかも大事かもしれません。


王道を歩めるか否かは、文筆以外の部分にかかっている。そんな変な危うさを持つ可能性というのもMFらしいといえば言えるのかもしれない。

MFでは平坂さんをはじめとする視点が強力な系統も存在するので、この人たちのように視点を最大限に生かす筆致に目覚めても面白いなぁ、この才能開花しきれるか。(城姫は本当に惜しかった。)
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読書感想文 2010年6月25日~ | コメント:0 | トラックバック:0 |
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