暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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●隙間女(幅広) ●オオカミさんと○人間になりたいピノッキオ ●星と半月の海

夏休みにおすすめの短編特集です。


●隙間女(幅広)


現代風学校の怪談短編集です。

contents

第壱話 『隙間女(幅広)』
第弐話 『消えない傷と恋占い』
第参話 『デコは口ほどにものを言う』
第四話 『花摘の園で相席を』
第伍話 『隙間女(飽和)』


本屋に行くと自分以外の人はどの表紙に釣られてるんだろう?というのがよくわかるのですが、本書は田舎本屋の発売日で後一冊というところまで減ってたんで買ってみました。
あくまでわたしは、そういった純粋な消費行動研究への欲求という動機から本書を手にしたのであって、決してロリノベが読みたいなどといういかがわしい理由で買ってみたわけであはりません。ほんとだよ!

各話出来にバラつきはありますがレベルの高い良作です。


第壱話 『隙間女(幅広)』
表紙の黒髪ロングの娘さんが隙間女です。
その隙間女・針美発言集

「はい、天性のストーカーですから」


もうこれでいいような気がする。
隙間に潜む隙間女のアイデンティティを死守するために問題発言を連発する針美と、彼女を飼育飼い太らせようとするポチャ専主人公との掛け合いが流れるように交わされる変態ラブコメのようなものです。
針美はそのアイデンティティ上ニートもかくやと、ひきこもりたいような感じの発言を連発し、変態主人公は彼女をいろいろな意味で外に連れ出そうとします。
短編というのはある種の様式美であり構成は簡単でもいい、その短い尺の中でいかに密度を上げるか、勝負すべきところはどこかなどの選択が要求されてくるものなのですが、つかみの一話目は流れるような変態トークと強烈なキャラです。




第弐話 『消えない傷と恋占い』

次なるは魔女のおはなしです。
個人的にはこれが一番好き。

主人公・吉山は魔女・黒田伊織の魔法により顔に一生消えない傷を受ける。
その傷のせいでクラスで孤立してしまった吉山は復讐を誓い、黒田の正体を暴くため彼女の所属する生物部に乗り込むが・・・


伊織がものすごくかわいい。
魔女の魔法の正体がものすごく乙女チックだというのも萌ポイントの一つですが決してそれだけではない。
短編というのは鋭い読み手ならある程度あたりをつけながら読むらしいのですが、あえて裏を読ませるというのも手の一つです。このおはなしでは伊織の心情を読みながら読んでいると萌え死にます。これを公共の場で読んでいてニヤニヤしていたわたしはきっと立派な変態です。

伊織はずっと御前様ボイスで再生されていたのですがああいう感じの脆さが似合う、黒髪ロングポニテ好き(わたし)にはどストライクだったりします。
凛としている人間がしおらしくなったりした場合にその動機となっているのは何か?
それが最後に一つの秘密に収斂するところで一気に読み手の中に蓄積された魅力が解禁されるわけです。

他の話よりも昔に書いたらしいのでラブコメのようなものにしては随所に刺々しさがありますが、それがかえって伊織の凛とした姿を引き立たせるような冷たさ?のような物になっていてマイナスには作用していなかったりします。
またこのような傷の痛さが最初に持ってこられたがためにハムスターをもふるところや伊織が指を咥えるところの柔らかさが引き立ちます。P105の挿絵ですね。萌え萌えです。

これはおそらく対比技法の一種なのでしょうけれど伊織がわざと喧嘩を引き出そうとする呼び水のような技法も盛り込まれています。
本当に伊織が吉山とコンタクトを取ろうとする様が魅力的です。



第参話 『デコは口ほどにものを言う』

残りの話は冒頭の二話に比べるとおとなしいのですが、冒頭の二話がクリティカルヒットであとは平常運転なのでしょう。
ようやく登場の炉理っこヒロイン。

おでこに人面疽(口だけ)の出来てしまった小石原春は、人面疽の治療費を稼ぐためにアルバイトを始める。
なぜか自分を払うためのお金を稼ぐアルバイトに協力する人面疽のそ~ちゃん。
二人の共闘関係を知ってしまった幸太郎は奇妙な三角関係に巻き込まれることになる。




第四話 『花摘の園で相席を』

便所飯、それは蔑称である。
花摘の園でのお食事を究めんとする近衛花子。
花粉という苗字のせいで死後トイレの花子さんに任命されてしまった太郎。

数奇な運命から誰もいない旧校舎のトイレの個室で便所飯を共にする二人の相互依存の物語。




第伍話 『隙間女(飽和)』

再びの隙間女。
ぽちゃに仕立てようとして太らせすぎてしまった針美は隙間に帰れなくなった!
針美を隙間にもどすため!針美にチャイナドレスを着せるため!
琢海は愛する贅肉に戦いを挑むのであった。




●オオカミさんと○人間になりたいピノッキオ

アニメ化しているらしいけれどこちらでは映りません!
とくに派手なものではないんですけれど独特の柔らかさがあり、しかも短編形式で10巻超という長寿シリーズになっています。それも次回で終わるのか・・・

毎度のことながら?シモネタ満載なのですがあくまでもそれは等身大の彼女たちの猥談というところにとどまっています。

パイレーツロック(映画)でもそうですが、文化的に優れた人間というのは結構面白く無い、かと言って下品な発言をするといきいきするのかというとそうでもない。
あくまでもそれは猥談が出来る関係があるからこその幸せなのです。


さて今回はヘタレ男特集のようで、数々のヘタレ男がヘタレなりに甲斐性を見せようと奮闘しています。
一つ一つのエピソードは小さなガラス玉のようなものばかりなのですが、それを一本のテーマを通して連ねると綺麗なアクセサリーになるような。そんな優しさというか、余裕というか、マイペースな書き方がされています。



くさすぎたか。

例えば水墨画のひとつひとつの描写を見て小学生レベルだ!俺でも書ける!などという人は結構いるかも知れませんが、んじゃ天橋立図が書けるのか?と言われると多分誰も書けません。
短編集の強さというのはぞれぞれの強さだけではなく、そのテーマにどれだけのアプローチを試みるかという意味合いもあるのです。


内容についてあまり言及していませんが、このシリーズは地蔵さんから続けて三冊目なので特に目新しい所がないだけです。





●星と半月の海


ラノベではなく一般書。

T澤さんがおすすめしてたので本屋で探してきた。

個別の強さとテーマの強さを兼ね備えた名作です。


取材に依る圧倒的な現実感と色を持つ筆致。

才能だけでも取材だけでも、決して到達できないような神域にいる作家さんなんでしょうなぁ



星と半月の海 目次

みっともないけど本当のペンギン

星と半月の海

ティラノサウルスの名前

世界樹の上から

パンダが街にやってくる

墓の中に生きている

解説 中島 駆



●みっともないけど本当のペンギン
絶滅したはずのオオウミガラズが日本にもいた?いる?
ペンギンの飼育係の主人公はその実態を探るために日本を駆ける。
なんかへんなおばちゃんのところへ、北海道の僻地まで。

そこで明らかになるペンギンぽいけどペンギンじゃないオオウミガラスの波乱のあゆみ。
拉致られ、撲殺されて食料にされ、ペンギンのパチモンとして買い叩かれて見世物にされ、

それでも、オオウミガラスという”種”はきっといまも生きているのだろう。


彼らは餌をねだる堕落した飼育ペンギンなどではない、本当ののペンギン(のようなもの)なんだろうから。




●星と半月の海
海遊館などでも人気のジンベエザメ。
その人気とは裏はらに、どのような生体をしているのかはあまり知られていない。

大きくなりすぎて水槽で飼育しきれ無くなると海に帰されることを含めて。

わたしは、子供そっちのけでジンベエサメを追う。わたしはミズ・リドルではないと自覚してからずっと。

ただひたすらにホエールシャークを追うわたしは水族館で飼育していた個体に再会する。




●ティラノサウルスの名前
<ティラノサウルスが危ない>
変なメールを受け取ったパパは変になった。
「ティラノサウルス最強じゃね!?」
けれど今の痛いパパはいきいきしてて憧れる。




●世界樹の上から
閑話。それぞれの出会いを世界樹の上で。




●パンダが町にやってくる
きみは真っ赤な肉塊っを片手で軽々と掴み、牙を突き立てていた。
口のまわりは薄く血に染まっている。一際はっきりとした赤黒い線が、口元から耳の方向へと伸び、君を鬼の形相に見せる。
くちゃっくちゃっ、と肉を噛む音が響く。
そして、カメラを見ると、メェッと鋭く甘い声を上げた。



●墓の中に生きている
生命の系統樹を歩く、枝葉となった先祖たちを踏みつけると仕返しにからかわれた。気持ち悪くなるほど無数のざわめきで。
自分もやがて遺体になり、先祖になる。
人は、いや、すべての生命は、遺体になるために生きているのか。
まだ分からない。しかし、やがて来るその日のことを思う。






さすがに圧縮できるほどちゃちなことは書いてないので紹介が難しい。

一見ふざけて書いているように見えてティラノサウルスの名前が好きだったりする。






わたしが小さい頃って言うと初代ジュラシックパークが公開されたりで、自然史博物館のようなところが賑わっていたような気がする。
今の子供達って言うのは商業的な商品に囲まれていて、恐竜に憧れたりはしないんじゃなかろうかと思うんだがどうなんだろう?

ほかにもバックトゥーザフューチャーが何度も何度も再放送されていて学校で盛り上がったりしたんだけど今どうなんだろうね?


子供の頃に触れた良く解らんすごいものというのは子供の成長の方向を、あるいは価値観を決めるんじゃないかと個人的には思っている。アストロノトが好きなのは子供に読ませたいというのもある。他にも新聞の好みなどからしてみてもおとなのためのスタイリッシュな新聞はあまり好まず、子供?うーんポケモン?というのよりもめんどくさかったり、広告主が動物園だからで動物の写真を載せてるようなものが好きだったりする。

大人が子供に媚びちゃいかんよなぁ




わたしのような偏屈な物の見方や言い方をする人間が言うべきじゃないかもしれんが、お客さんの需要を満たすことが目的の商業というのは最終的に残るものは何も無い。

ハッピーフライトの冒頭でも似た様な話がされるんですが、この世は盤面で区切られた観念上の世界ではないのでどうしても現実に縛られてしまうのです。安全な空の旅というのは快適なだけではなく、どんなトラブルにあっても必ず何とかできるようなものなんでしょう。


芸術家というか特定ゲームでもそうですが、売れ筋は金髪ツインテ、よしこれでいこう!というタイプはどちらかと言えば二流メーカーで、軌道に乗っているメーカーというのは俺のキャラで萌え殺してやるぜ!みたいな意識で作ってるようななんかそんな感じです。


売れることも重要ですが、売って虜にすることもまた重要。
これは商業と芸術という対立ではなく、営業と制作の対立なのでしょうね。
スーツとギークで語られるあんな感じです。

アップルはこの力関係を逆転させたような印象がありますが社会全体の意識が変わるのはまだまだのようです。
iPadを作るには!とかいう議論をしているようじゃねぇ

わたしのようになりたいやつが、わたしを目指してるようじゃダメだ

とか言う事がなぜか言えてしまう文庫というのも捨てたもんじゃないと思います。


科学的に証明されていないから言っても説得力ないか?

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読書感想文 2010年6月25日~ | コメント:0 | トラックバック:0 |
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