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暫定ブロードキャスティング

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狙いはいつもそう、私ばかり/ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート




狙いはいつもそう、私ばかり

千回死んでめぐりあうチャンスもあるの

お前が十を奪うなら私は百の命をもって

何度でも殺したらいい 何度でも蘇るから

作中歌<イケニエビト>より





作品のイメージだけで言えば昔の六番目の小夜子のようなライトノベルと言うよりもティーンノベルあたりの物に近い。ある意味現代のラノベの源流に近い作品なのかもしれない。
単純に分類するなら天才テレビ君の中でやってたドラマのような感じかあるいはNHKの夕方六時あたりからやっていたようなドラマ。つまるところ青春ものをベースにホラーをやっているようなものでしょう。違うな、青春くさいロックか?

作中の雰囲気はロックを意図したのかもしれませんが個人的には赤黒い霜月はるかのような印象を受けました。

これはふたりぼっちの一巻めでも思ったんですが作品以外の売り方か何かが無理に電撃のまねをしようとしていろんなところでのミスマッチを出してしまっているようでなりません。フォローを入れると二人ぼっちの二巻め以降やアストロノト、ISのようにナイスアシストが得られる場合がありますが根本的に売り方が下手ですねMFJは。外側を見てその中身をイメージできないものが多すぎるようなきがします。

比較で言うとこの広い世界でふたりぼっち一巻めのような不純物が入っているような印象のないすがすがしさがあります。・・・が、なんとなくシュール。

現代のライトノベルの外側から見たライトノベルを書いている人の作品の作者さんが形式主義に陥らないうちに書いたようなレベルのものだと私は思います。
そういうタイピカルな退廃的な雰囲気と言うのは個人的に嫌悪感を催す私ですがそういう人の意志を伴わない方面に突っ込んでしまう前に学校の階段(映画)のような素朴なノスタルジー世界にハンドル切って衝突したような、なんとなく危うさの漂う作品です。

そういう退廃系が好きな人あるいはそういうのにふれたことのないきれいな人にとっては猛毒かもしれませんね。私はそういう属性を持っていないので属性攻撃はききませんでしたが。


本一冊で終わらせているものだと言えばかなりの上位作品であるとは思います。


ところで私には音楽的な知識と言うのはまったくないのでおそらくその本当のよさがわからないと言う前提で書いていますのであしからず。

本作の主題と言うのはひたむきな夢のような、そこまで大それたものではありませんが中二病患者が具体的に自分の出来ることを見つけることから始まる物語であると私は読みました。指切りやギターのピックを握るようなそういう小さなことから始まった自分の限界への挑戦のような感じですか?

確かに面白いことは面白いのですがなんだろう?

よくわからない。


技量もあるし、けれど何かが足りない。


ストーリー概要を私に求めてはいけません。無理です。私の筆致では無理です。

けれど具具って出てくる黒いページの人の解説が一番のような気がしました。
歌うことによってこの世界に自分を残す。
だからその歌をうたうまで、練習しておいてよね。

そういう感じのお話です。


そういう約束をしている人たちはイケニエビトという、タマシイビトに殺されこの世界での存在を奪われ、そしてまた生まれ直すという生死を繰り返してきた経緯のある者たちなのです。
百万回生きた猫という話がありますが、それは決して九九九九九九回死んだ猫ではないのです。

実祈が今まで何度死んだか分かりませんが今まで二度生きてきた。
イケニエビトはタマシイビトではない誰かに殺される事によって記憶を持ったまま死ぬことができます。殺した人間にだけ自分の記憶を残して。
それだけがイケニエビトに残された自分を残す方法だったわけですが、歌うことは二度殺されたからこそめぐり合った可能性なのです。


さて、そこに行き着くまでの道のりがこの作品のお話の舞台となります。

一度目に実祈を殺した左女牛明海が本作の主人公です。
明海と実祈のが百合的にくっつくという話から数年後、明海は再び実祈と再開することになります。
しかしながらそれは明海にとっては必ずしも理想通りではなく、実祈を二度目に殺したやつとともに埋められた実祈を掘り返すことで再開を果たすのです。

烏子と呼ばれていた実祈は二度目に生きて、ふたりめに殺したやつとの間でバンドを組みライブに望むという約束を胸に二度目の生を奪われたわけですが、自分との再開を果たす前に実祈に知らない虫がついていから明海にとっては面白くはありません。たぶん。

そういう三人の三角関係が結束を強めていくのがお話の筋です。


お話がの筋が優れているというのもありますが、なんといっても手馴れた筆致にしてもレベルが高く、それに加えて独自の色を持っている事が作品の強みになっています。
おそらくは一人称であったことが幸いしたのでしょうが、読み返すまではこの構成うまさの本質は出てこないような気がします。ただ三度目に耐えられるかは微妙なラインかもしれませんが。


雰囲気や筆致だけで言えば文学っぽい感じのライトノベルのようですがああいう感じの退廃感はなく、むしろ、暗い話のように見えてティーンらしき清々しさを保っています。おそらくは上手すぎなかった事と書くべき主題、あるいはそれを支えるだけの知識か何かがあったからこそ安易な退廃モノに流れなかったのでしょう。おそらくそういうことが好まれるようなところに引っかかればここまでの評価を受けることはなかったような気がします。

首吊りシーンが何故かここまで微笑ましいというのもどこかずれたものかもしれませんが、狂気モノと言うわけでもない。ある意味ゾンビが首くくっているだけですので。

結局のところ邪魔者をすべて排除して百合の時間を確保した(そういう話ではない)エンドでのキスシーンも可愛く収まっているようです。


死をある意味軽く書いているからこそ生の難しさを訴えかけるような、もしかしたらそういうものかもしれませんがそういう話でもないように思います。
何度でも繰り返してしまうからこそ得られるものと得られなかったもの、そういうテーマとは関係なく語れるモノが無かったというのが唯一の欠点のような気がします。
ただこれはまだ始まりの物語であるためにそれでよかったのかもしれません。
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