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暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

切り捨てた夢は、失った夢は、誰とも共有できなかった想いは―いつしかその者の心の中で形を変えて、紅蓮に燃える野望となる<織田信奈の野望2>




義や忠や孝といった感情や信念や情熱のすべてをその中に宿し、しかももっと激しくまぶしいもの。


今度こそ。
ああ。
大切なものを、この人に奪われた。



秀吉は日輪の子と表現されることがありますが、これほどまでにまぶしく輝く人だったゆえに人たらしの天才と言われたのでしょう。
たとえば人を遇するということに関してもその本質は決して、小手先の技などではないのです。


しかし、春日みかげと検索してみてもたいした情報がありませんがこの人は本当に新人なのか?
ある程度話のもとが出来上がっているテーマをつかっているとはいえ、一般書の中堅あたりでもここまでのものは書けないんじゃないだろうか。ライトノベル故の必用要件をクリアして尚のこのクオリティ。リンクを持ってきた時点でのアマゾンの順位では241位は妥当なものではないかと思いました。
こういうストーリー優先のものではどうしても一つ一つの描写が不足していくものですがやや足りない程度の不足しか感じませんでした。ライトノベルとしてはやや不足部分があるとしても、リズムなどとの兼ね合いから切るべくして切ったような気もしますので中堅レベルとしても十分でしょう。はじめから締めまで隙がありません。


さてキャラについてなんですが、まあなんといってもあれですね、やっぱり私は黒髪お姉さん大好きでした。そうです丹羽長秀は黒髪お姉さんだったんです!!!うそかほんとか自分の臓物送りつけるような人だったらしいのでシリアス要員としては最適だったのかもしれませんね(おっぱい要因でもあるよ!!)。浅井長政の前に立ちふさがったところでの挿絵で思ったんですが、絵師さんにしては珍しいタイプのキャラだったんじゃなかろうか。このシーン自体は絵師さんに助けられていますが美しさの中に潜む力強さをにじませるいいキャラに仕上がっています。

そのほか、今回の敵役であった浅井長政は執念深い野心家として最後まで油断ならない危険分子であったために作品全体の緊張感に貢献しているような気がします。野心的という表現にかんしても誇大妄想壁のある小物では決してなくなんとしてでも自分の野心を貫き通そうとすると言うと語弊がありますが、どんな状況でも突き進んでいける野心の持ち主だったからこそかっこいいのかもしれません。このようなキャラ描写を事件の中で描写していく過程があるからこそ、作品全体の人物像も深まるのかもしれません。


次に竹中半兵衛なんですがどちらかと言えば炉李担当です。正確にはつるぺた担当。多分。おめん子って・・・
今回の正ヒロインなのですが多分信奈の対抗馬にはならないはずですが(だってつるぺただもん
お話のないようは美濃攻略戦だったのですがそれを竹中半兵衛中心に描くことによってストーリー上では重要人物としてうまく渦の中心になります。




美濃を攻略してさらに明智光秀が登場し、さあ上洛だ!と言う段階まで進んでいるのですが、少々話の流れが正史からはぶれだしたものの大筋はまだ変わっていないような気がします。

次の見せ場は金ヶ崎退却戦?京都の馬ぞろえでは各武将が最大級のおしゃれをしてパレードとかいろいろ妄想が膨らみますがこの調子なら信奈包囲網が形成されても心配はないでしょうね。


ところで今回は明智光秀が登場、なんとなくやんでれ方向で本能寺の変を起こしそうな雰囲気ですが細川藤考との百合も疑われます。あと登場フラグが立っているのが松永久秀、黒田官兵衛、足利義昭、滝川一益なのですが文脈的に義昭は出てきそうにありません。黒田如水にかんしては名前だけと言うことで、次回登場は滝川一益なのでしょうか。あれですよね網タイツですよね、ね!松永久秀はどうだろう、もしかしたら幼女?しかしこれ以上幼女増やしてもなぁ・・・


さて、今回はかなりレベルアップしている本作なのですがレギュラー陣に関しても愛らしく活躍しています。勝家はほか作品では炉李だったり本作では百合だったりなんかいろいろですが大体の方向性が決まったような感じです。
前作が気に入った人も今回初めての人もぜひとも読んでみましょう。

総じて見ればキャラものとしてもそこそこながらもストーリーありきだからこその作品だと思います。
日本の戦国時代というのは何かの正義があるわけでもなく、登場人物かそれぞれが自分の矜持のために全力を尽くしたと言う稀有な時代ながら最も人間らしさが開花した時代でもあります。
読者サービスはそこそこにこの密度を保てれば、さらに人間力学的な魅力を持った誇ることの出来るタイトルになれる方向性に乗っていることは間違いはないでしょうね。
ただ、マーケティングだけの視点から変なことを言わせてもらえば正史ルートに乗っているからこそ読んでいると言う人も少なくないと私は思います。確かに作品全体の流れからしてみても信奈生存ルートというIFに進まざるを得ないでしょうし、もしきれいに終わらせるなら信奈を連れて現代に帰るというような歴史を動かさないようなありきたりの幕引きをすることも可能かも知れません。
ですがああまで主題についてのかっこいい台詞をはかせた上はそういうありきたりのゴールには向かわないで欲しいと思います。
これまた変な話ですが、毛利元就を主人公にしたこちらの作品ではIFルートに入るのは中国大返しする秀吉を追撃するところから始まります。そこにたどり着くまでには弱小大名であった元就が生き残りをかけて小競り合いを重ねていた頃から郡山篭城戦、そこで命を救われた陶隆房を破る厳島合戦までさまざまな事件が起こるわけですがそういうトンでもに走らなくてもいい方向性を期待しています。


さて、ここでも一つ変な話。
戦国時代というのは個人が花開いた一種の日本版ルネッサンスのような時代であるのですが実際に個人レベルでの安全が保障され、大衆文化が花開くのは江戸時代に入ってからになります。
しかし、その個人が登場すると言うのも実際には浪人のような組織に属しない個人戦力が市場という社会に満たされることから始まるわけですが、それ以前には本作で描写されたような国人のような小さな共同体勢力が時代の主役でした。それらを解体し個人を直接把握しようとしたのがほかならぬ太閤検地だったのです。信長の野望嵐世記では検地をすると国人が消滅しますがあんな感じです。
そういう戦国時代以前の封建世界では基本的にそういう共同体のドンとそれらに頼られたたのうだる人との間の保障関係のような力関係があったわけですがそういう時代を背景に書かれたのがこちらの作品です。
そういう息吹を感じたければこちらをどうぞ


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