暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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最近ネガティブになりがちだけど昔はぼろぼろになってもなんの反応も示さなかった生ける屍のような時期もあった自分を振り返ってみるときちんと怒ったり出来るようになったことは素直に喜ぶべきもののような気がしないでもない(ふと思い返すと痛覚もほとんど麻痺してた、気がつくと血みどろとかよくあった)

結局痛みに鈍感だというのは痛みを知覚できないのと同義であって同等の被害を受けた他の人の痛みを理解出来ないということにもつながる(哲学的ゾンビという単語でググってみよう)

痛けりゃ痛いというべきだし危害加えられたら反撃すべし(あくまで相当な範囲内で)
社会に出たら理不尽に耐えなければならないとか言うけど結局のところアタッカーになることもあればディフェンダーに回ることもある状況になったら許容量超えた攻撃というのは弾かれる原因になるし全く反撃しないというのもたかられる原因になる、人間関係とか派閥とかは案外こういうものの集合体だったりするわけだから無視していい基準ではない(利害関係なんかはこの手の集合体が後形的に取得したもんのように思う)(うまいいこけ方を学んどけということ)

(仮の基準として)優れた人間というのはハードウェアではなくソフトウェア的な部分が優れているものである、そのソフトウェアというものはなんなのかというと人格と観念されるものである、その人格というのは何かというと殴られて痛いと思う自分であり綺麗なものを綺麗という自分でありアニメを見て萌える自分である(このへんのことを知りたければ芦部憲法でも読んでみよう)

ここで(仮の基準として)優れた人間とは何をしたか、というと分かる通り素手で地球を割る人間ではない

優れた人間(笑)というのもあまりいい表現じゃないな



カバディできるのは、カバディを教わったことがある人
カバディを楽しめるのはカバディを知る人
カバディをもっと楽しめるのはカバディをやったことがある人

ということなんだろうと思う

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