暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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小型ウエイトというかウエイトとケーブルを一部分離して起動の向こうに放りだしゃ遠心力で勝手にコンテナ飛び上がるよなぁとかなんとか
こうすりゃ推進剤はいらんし本体の損耗を考えた場合には何十回も使えるようなもんには見えんがなぁ
まあ回収の手間はかかるのかもしれんけどそこはそれモビルスーツで柔軟に

何十年かしてその巨人は神と崇めたてられ


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福井の路面電車、まさかこの電車が未来の片鱗だったとは…結局どうなったのかは知らないけど。




まちのようすがなんか違うなぁと思ってあとでほかの調べ物してたら、トランジットモールの社会実験が実施されたところなんだね。十年前の話。いまどうなってるかはわからないが駅前にめいとやドトールがあったということはそこそこの栄え方はしているんだろうなぁと思う。


さて、そんなこんなでLRTについて考える、その1.





マイカーは富にして絶対!車なしは客にあらず!

とかいう路線で突っ走ったのがまあほとんどの昭和後期型都市なんだろうけど福岡というか着た急には面白い商店街の比較が出来る例がある。
メロンがある例のあの商店街、この商店街は非常に不思議な商店街で常日頃から意味不明な発言を繰り返している。人が少ないなどとのたまうのである。新聞によく町の人の声が載ってたりしたらたいていは福岡に比べて人が少ないだの何だの。たかだか一商店街が福岡都市圏という商圏に対して嫉妬しているというとんでもないことばかり考えているようである。単純な商店街クラスであれば私の知る限り九州でもダントツに栄えているのであるがそれでもなおご不満がおありのようなのだ。非常に贅沢な悩みである。地勢的に大規模化が出来ないという制限を抱えているもののむしろこの徒歩での回遊性が強みになっているように思う。外からのアクセスもよく、私は原付に乗ると近くの大き目の商店街にはあまり行かずそっちにばかり行ってたような・・・だってそこ車がないと近づけないんだもん。



不思議な話で車がないと近場の商店街に近づけないというのも全国的には珍しいケースなのかもしれないがなぜか二輪というか車以外が目の敵にされており、自転車なり原付なりで近づこうとすると変に迂回して市街地から離れた駐輪場に行ってそこからまた折り返してこなければならないという意味不明な行動を要求される(市街地には駐車場ばっか)。ぶっちゃけこんなことするくらいならちょっと遠くなろうが環境がいいところにいこうというものである。




まあちょっと特殊な例を挙げたけど福岡市内であれば市街地のど真ん中というか地下に思い切って駐輪場を作りやがったもんであの政治能力の高さは全国でも有数だろうなぁとかおもう。




以上が二輪ユーザーの現在の交通状況についての感想。


車偏重の交通環境はいまや当たり前といってもいい光景であり何を不満に思うことがあろうかと思われるかもしれない。
まあそれが当たり前の世界でしか生きてこなかった自分にしても不満はあっても仕方ないところなんだよなぁとか思ってたんだけど石川県金沢市のもてなしドームでぽんと置いていたチラシでLRTという動きを知り、このうざったい車を駆逐することが出来るかもしれない可能性があるということを知った。


別に車は悪いものだとはいわないが渋滞でろくに移動もせずただ排ガスを垂れ流しているだけという使い方に対して肯定的な見方をしている人などはいないだろう。いつも思うのだが天神の50メートル道路の車ってどこから来てどこに行こうとしてるんだろう?国体道路で詰まるのはわかるんだけどあれだけはわかんない。



LRTというとあたかも路面電車だけの話に聞こえるかもしれないが、ここで言うこれは必ずしも路面電車だけの話ではない。正確に言えば路面電車を中心にした交通網デザインというものなのである。



金沢の例とはまったく関係なく私が調べた範囲で端的にいってしまえば、集積率の高い都市部の回遊は動く歩道程度に廉価に提供することにより更なる集積率と回遊性を志向する。じゃあ車を締め出すのかというと半分正解。都市部には原則入れない(早朝夜間の荷物の輸送とかは別)、その代わり都市部へのアクセスポイントとなる駅周辺に廉価な駐車場を提供する、というものになる。


これはかなりデフォルメしたプランではある。実際には雛形としては福岡市に対するそのほかの都市という感じですでに実施されてんじゃね?という感が否めないが最大の論点は路面電車の中量輸送手段としての規模に合わせた交通量を想定することにある。理屈の上では交通網が整備されてはいるものの駅のホームや地下鉄への階段を何度も上り下りしたりするのは手間であるし、こんな手間があれば目的地にしか用がなければ福岡で言えば天神だけしかが栄えない。こいつがたとえば博多駅から川端商店街からキャナル、新地から南北天神大名とを動く歩道でもってつなぎ円環の理を描いたならばどうなるか。

天神でショッピングしてすぐに帰るのではなく川端あたりでなんかいいぱんのにおいするにゃとおもったらさっさと動く歩道から降りてパンを買い紅茶もついでに、一服し終わったら動く歩道にのって帰る、ついでに博多駅を行き過ぎてよどでアイロンを・・・こういう回遊性へのコストというか手間を省くということも意図される。すなわち行動の切り替えに関するコストを下げることでいろいろな行動を誘発するというか要は歩行補助的な意味合いが強い。

乗り降りしたらそれだけでお金も時間がかかるがこういうものをある種インフラとしてお金がかからない様にかかるとしてもそんなに高額にならない様にするという意味で動く歩道という表現をした人はすごいなとはおもうが要するに移動コストを個人にかけないようにするというものになる。



妄想して行けば渋滞にいらいらし炎天下に駐車料金払って狭い駐車場に車をツッコミ帰ってきたときには空鍋のごとく熱せられた棺桶の如くの車内に入って帰りの渋滞に挑む・・・といったなんの罰ゲームかよく分からない手間を掛ける必要がなくなる夢のプラン・・・のような可能性がなくもないのがこのLRTというデザインなのでしょうが理屈の上では実現できてしまいそうだから怖い。

↓この妄想のねたになってるのがこの本






ラノベばっかり読んでんじゃないんだぜ
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大分市立美術館にストランドビーストが来てるみたいね、行ってみたい。
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かべちょろさんがいた

いん

いえのなか





ジョブスは俺達の夢を盗みだしやがったんだ、俺達の夢の中から


ということを書いていたラノについて考えるその9

悔しい事にその俺たちの夢の産物、リアルではりんごのロゴが付いてやがるのさ。

アップルアンチとしては手を出したら負けだと思っているものの現状対抗品が存在しないというのがシビアなところ、下手するとマックブックエアーに7入れるのが最良の選択肢だったりするのもなぁ・・・

ウインドウズ陣営で唯一対抗しうる箱職人ASUSがアンドロイドにも手を出しているぶんエース不在になるかの瀬戸際になりつつあるというのがなんとも。不思議なことにウインドウズ陣営のおそらく最大の強みであったはずのハードウェアの優秀さというものが今ではアップルを利し、りんごの箱が窓の一番いい箱になりつつあるというのは・・・読めてた人は読めてたんだろうなぁ・・・


おそらくパワーバランスというかウルトラブックの次の世界での戦いの中核となるであろうA8-3530MXはなんか盛大にdisられてるよなぁ・・・


用途を考えて脳内コンペしてみるとどうしてもipadかマックブックエアーしか残らない・・・ウルトラブックは年末と言ってるけど年末には次の世界の扉あいてるんじゃないか?とかなんとか


ということでラノについて考えたその10


かべちょろさんラブリー
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なれるseは・・・まだどこにも売ってないよなぁ・・・当たり前といえばあたりまえだけどbk1って予約できない仕様だったけ?

アマゾンは関東圏ならともかくこっちではそんなに早くはないので速力重視の時はbk1になるんだけどさてどうしたものか



今使っているメガネは羽のように軽い良メガネなんだけど軽量化が進みすぎてちょっと精神的耐久性に問題がなくもないという状況なので樹脂メガネの小さいのでいいのがないかなぁとかなんとか
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いつも泣きつく眼科に度を変更したあとの確認に行ったら面白いことに読書メガネで0.9

これで安心して次のメガネ買えるとおもっていろいろ物色してみたらすでにメガネはリア充のものになっている


これ私がてをだしていいもんなんかね

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近江町市場か、あそこ何故かペプシの紋が入ったのれんがあるよね、あれなんなんだろう?


石川県日記をそろそろ書いとかんと忘れそうなんだけど移動に一日かかるという意味では凄い僻地ではあるんだよなぁ、けど九州から行くのは結構難しいというだけの話なのかもしれない。

私がたどった経路というのは新大阪までは新幹線、そこから青春18きっぷを使って京都→敦賀→福井→金沢というもの。
新快速といういわば特急なみに速い快速は敦賀までしか通っておらず、そこからは普通で行くしか無いのだけど金沢まで直通はなく、福井で乗り換えなければならなかった。
ちなみになんで京都に降りたのかというと車両間違えたというだけの話、女性専用車両避けてたら目的とは違う乗り場からのってしまった。どうせならということでそのままのって京都までは普通だったんだけど信長の野望とか出でてくる地名がそのまま駅名に残ってるんだよなぁ。大山崎とかあのへんの地勢を知ってるとどうして山崎の戦いがあそこで起きたのかがよくわかる。ちなみにちなみに京都駅の書店にはゆるゆりありませんでした。

そこからは新快速、普通の旅。

かなり長いことかかるかと思ったけれど、実際のところ結構かかってはいるのだけれど、敦賀までが二時間くらいだっけか?福井までが一時間くらいで金沢までがまた一時間。こう考えると四時間ずっと同じ車両にじっとしているのではなかったので体感時間はそんなには長くはなかった。飛行機なら早くいけたんだろうけど当日券は高いもんなぁ。

けど電車で行程でそのばその場の地勢を読んだりできるというのは結構おもしろい。私のようなぼっちの場合にはそういう楽しみ方もできるようになるのでむしろそっちのほうが目的になってることもある。穴水から輪島までバス移動したりしたのでそのへんもまあおいおい。サンダーバードとかに乗るとまあもっと早くはあったんだろうけど連泊目的だったんで予算の関係上…ね。


そういう過程で思ったんだけど、ある意味で僻地、しかしこういう交通省壁があるからこそ人口の流入あるいは資本の流入があまりなく現代の楽園・石川県が江戸時代の姿や明治大正昭和のいい雰囲気を保存する事ができたんだろうなぁとか何とか。九州で言うと大きな町で言えば長崎も雰囲気が違う。雰囲気だけで言えば島原が近いが規模が違うもんなぁ。企業誘致だなんだと発展を望もうとすると一挙に衰退するタイプの街だろうなぁ。

加賀百万石の首都が金沢市、たぶんだと思うんだけど加賀に入って以降は本当に九州の古賀海老津間のような地勢だったのでおそらくは街道に沿っての当時の街の配置がそのまま残ってるというところもあるんだろうなぁとか何とか。言ってみれば民間最大の藩だったわけですからそれ相応の政治能力の結果というものが今に続いているということなんだろう。年収というかあまり仕事せずに一千万くらいの安定収入があればずっと住むのもいいかもしれんなぁ、毒抜かれすぎて何もなくなってしまう可能性とかもあるけど…冬を経験したらそんな事言ってられないかもしれんけど

前後するけど琵琶湖が大きすぎ。浜名湖は新幹線でフライバイするとその大きさをあまり意識することはないけど何時間もかけて琵琶湖のまわりをぐるっとするとすごく大きいなぁ・・・やっぱ船は必要だわ…


そして福井、ある意味普通に住むということを考えると一番いいところかもしれない。まあ衰退気味ではあるものの十分回復可能圏内なんじゃないかなぁと思う。駅前にメイトがあってドトールがあっておそらくはそういう物を利用する人がちゃんといて路面電車とかでの次世代型の足がかりもある。一乗谷がどのくらいの観光資源なのかわからないけどまとまりはほんとにいいところだった。


ところでそのLRTという規格について、これがどういうものなのかというとおそらく最高の理想形といえば車なんていらないではなく、路面電車だけでいいとユーザーに思わせるほどのメリットがあるということ、ということだろう。これは必ずしも都市圏だけの話ではない、例の参考書、路面電車ルネッサンスのなかにおいては郊外の温泉地のようなところまでをつないでいたりする。距離感的には福岡から黒川…は難しいだろうから武雄くらいを想定、金沢市から湯涌温泉という感覚でもいいだろう。日本で実際にやろうとするとその中間に需要があるのかという問題もありそもそも山の多い日本においては線路を通すと今度は一般の通路がなくなるのでそのまま概念を流用することは難しいだろうが、LRTは必ずしも都市及び都市圏だけを想定しているものではないということを念頭に置かなければならない。要するに都市内での交通、都市へのアクセスでの交通、そして都市間の交通というテーマがあるのである。

この3つのテーマを必ずしも一つの車両規格で対応する必要はなく、乗り入れ、接続、駅まではバスあるいは駅の駐車場に車を置いてそこからは電車というスタイルが提案されている。少なくともLRTの交通網の中に入ってしまえばあとは徒歩でなんとでもなるというスタイルで全て事足りるというのが最大のテーマ、主題であり、この主題のなかで3つのテーマに応じた交通デザインが要求される。都市圏での車の使い方をできるだけ制限するということが要求されるかもしれないが必ずしもそれが絶対というわけではなく消防車や救急車とかが通れないとか言うのもおかしな話であるし域内での微調整としてタクシーなどにも活躍の場は十分にあると思われる(車両タイプの制限はおそらく制度関係なく必要となってくるとは思われるが、徒歩が主体になってくると道幅の狭いところにも人の流れができるであろうからそういうところに対応する必要上機械的な対応としてあるいは交通事故を未然に防ぐ目的のため、騒音の問題も含め)

徒歩主体というのは必ずしも適切な表現ではないのかもしれないがこの部分に関しては路面電車を動く歩道と観念してみればいいのかもしれない。できるかぎり徒歩で、これは長いこと徒歩で移動するということを意味することになるだろう。階段をなくすという感じに歩くことへの負荷を減らすことも必要になるのかもしれない。じゃあエレベータ使えばいいんじゃねと思われるかもしれないが、このLRTという概念自体が一点に何もかもを集中させてきた昭和型の建築思想と対局にある分散型の思想であると考えるべきであろう。要するに金沢城では毎日一万人の文官武官が詰めているとするとその一万人が毎日車で詰めかけ、そこで生じる渋滞や空洞化という問題、集中を回避するというのが現実的な論題であり、LRT型の分散思想では千人単位の事業所を分散させてそれを路面電車・動く歩道で繋ぐという思想で解決するのである。高層ビルをスライスして多くても10階ずつを分散して配置してエレベータを動く歩道に付け替えるとも言えるか。分割されたところ同士の連携が難しくなると考えられるかもしれないが渋滞がなくなるということとトレードであろう。それに加えて現在ではスカイプなんかもあるので、LRTは必ずしもハードウェアのみならずソフトウェア部分に期待するところが多くあるだろう。


このような分散型と考えた場合にはむしろ大都市と郊外といった大きな単位を想定するべきではなく中小規模のセルを連理としたネットワーク型の都市を想定するべきであろう。そのネットワークの中では当然ながら商業に特化したセルがあり住生活に特化したセルがありするのかもしれないが、そのどれもが一応の形として完結したものであることが理想なのかもしれない。妄想をこのまま続けてみるとはじめのうちはこういったセルは都市圏にしか見られないのかもしれないが、時間が経つにつれ湯涌温泉街がそのネットワークに参加し日帰り温泉セルとして休日を受もとうとするまでにネットワーク参加への動機となるメリットが高まりコストが安くなるといったモデルが生じるかもしれないし、農地の中核ではそのへんで野菜を売るでも良い。要するに窓口の規格化という問題も含んでいる。田舎なめんなとか言われそうだがどことは言わんが下手な九州の田舎よりは恵まれている地勢であるのでなんとかなるんじゃね?問題はバスよりも柔軟性の劣る路面電車でバス以上のメリットが実現できるかという問題もあろう。おそらく石川県全域を利することはできないかもしれないが、LRTの末端が栄えることでその周辺も間接的に栄えることができるであろう。分散型では末端でもそれなりの機能があることをあくまでも理想や期待にするべきだ。



なんかつらつら書いてみたけど石川県はずっと障壁作ったままのほうがいいのかもしれんなぁというところもある。あまり栄え過ぎて資本人口流入が激しくなって踏み荒らされるようになるとよさはなくなってしまうだろうなぁというのがある。良くも田舎、福岡県民からしてみるとちょっとイライラするところもあって悪くも田舎、これは平和ゆえのものであろうとも思えるのさ。LRTの動きが遅れてやってきた昭和後期の都市変革を見事阻止できればいいなぁと思う。


そんなこんなでLRTについて考えるその2

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かべちょろさん悪魔と戦ってた、がんばってかべちょろさん!このゴミ屋敷の治安はあなたにかかっている!


一軒家だが居住空間として機能しているのは私の部屋のみ。不思議と私の部屋には虫は出ないなぁ、春先に窓開けてねてたら熊蜂が入ってきたことはあったけど、あれは焦った。羽音で目が覚めたもん。
けどあのくらいの大きさになると知性があるのか窓を全開にしたらそこから迷わず出てったもんなぁ。
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最近家でよく見かけるかべちょろさん くりくりおめめがぷりちー



まあ捕食者がいるということはもちろん餌もいるわけで

あの辺人間のテリトリーではなくなってるんだろうなぁ

エクストリームスポーツのエースが最近ずっとあの辺に居座ってるから掃除も出来んしそもそも掃除をして捨てなきゃならんものに手を出すとなにされるか・・・


今夜は帰りたくないの・・・
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なれるSE予約始まったなぁということでなれるseねた。


4巻のプロジェクトマネジメントの話で成果物という用語というか概念が出てきた。

ザクッと言ってしまえばプロジェクトという行動を起こした結果残るもの。
クエストを受注したら報酬というのがあるけど、そういうものとは別にそのクエストでしか採取できない素材であったり特定スキルの練習というプレイヤーの中に残るものだったりなんたりとひとつのクエストをした結果残るものというのは必ずしもこれだと特定できない。(あれな人間関係とかもね)

いわゆるブリーフィングとデブリーフィングとかで確認する戦果のようなものでもあるのだけれど要するに、ひとつの行動一つの結果というわけではないということ。


このへんの表現は難しいけど本当にモンハンとかをイメージして考えると必ずしもみんながみんなクエスト報酬を求めているわけではないよね。




そんなこんなでLRTについて考えるその3

LRTにおける成果物というのは果たしてなんなのだろうか。

を、ここでは直接は考えない。

これはものすごく難しいというのもあるけど、今回は成果物から逆算されるLRTのものはだれのものということについて考えたいと思う。

とおもうけどここももう時間もあれなのでサクッと行ってしまうと誰がお金出すの?ということにもつながる。

金の話か汚いやつめと思われるかもしれないが結局のところ十分なお金資金繰りが将来にわたって見通せないと軌道というインフラが残る事業というものはには踏み切れない・・・というだけでは終わらないのがまあ私のひねくれたところなんだろうなぁ。

このへんも簡単に行くと誰か他人のためにお金を払えというと大抵の場合反対はされるだろう。金を出せと言われている側にしてみればなんでそんなことのためにコストを負担しなければならないのかという話である。ここで論点にしたいのはこういった負担をする人たちへの対処をどうするのかということなのである。

つまりコストを払うに足る理由とはなんなのか、それを払うのは誰かという問題である。


例の路面電車ルネッサンスの中には非常に面白いモデルが載っていて、ほぼすべてを税金で賄うというものあった。それがどういう趣旨で成り立っているのかということを考えるとLRTを包括する交通網の恩恵を受けるのはその交通網を利用する人たちなのだから税金で運営するのは当たり前だろうという意識だったらしい、こういうことをすると交通全体でのコストという財源ができるあるいはCO2対策などの費用も減るなど全体としては成り立っているというものらしかった。日本のように基本的に組織全体で帳尻を合わせればいいということはまかり通らない世界(現実問題として理解を得られないだろう)では難しいかもしれないが、そういうスタイルもあるにはあるのである。

まあぶっちゃけたはなし運営費さえペイできる財源さえあれば極論して言うと無料運営というのもありうる話なのである。

さすがに100メートル単位の運営単価まで現在の水準で書いてる情報というのはどうなっているかわからないけど、例えばある商店街が自分ところに買い物客を誘致するために特定部分の便数をチャーターするという考えもありっちゃあり。要はシャトルバスのような感覚である。

ちょっと特殊な例を上げてしまったけれど、交通弱者のためにLRTを活用しましょうというのは理念としては素晴らしいのかもしれないがそれを請求原因としていろんな所にお金出せと迫ったところでおそらく苦笑いされることだろう。LRTがもたらす普通の利用客にとってのメリットはなんなのか、その路線を通す地域のメリットは、などなど、LRTという事業に影響を与えられる人たちというのは多くいる、しかしそれは不特定多数ではなくそれぞれに属性を持つ人なのだということを忘れてはならない。


そこでである、それらのいろいろな属性を持つ人を単一の理由で説得できるのだろうか。


ぶっちゃけ不可能である。


域内完全無料化といえば聞こえはいい、もしかすると誰も反対しないかもしれない、しかしいざ実行する段階になって財源がない、増税とか何とか言い出すとおそらくはあれな人間関係が域内に蔓延することになるだろう。

面倒臭いかもしれないがこういったメリット・デメリット、コスト、プラン・ドゥ・シー、とかそういうものを丁寧につないでいくことは必ずしも無駄なことではない。

LRTをするにつき生じる成果物、それはどのように各属性に受け取られるのか、成果物をずらっと並べてみて優先順位をつけてみるとおそらく人によってはその順位は異なるということがここでいいたいことである。


まかり間違っても作ってしまったあとにおまえらのり支えろやという話はしてはいけない。そんな責任転嫁をつづけていればそう遠くない将来あれな人間関係が生じるのは間違いないからである。


このへんの人間関係というか一つのことに対していろんなひとがおもうことというものを丁寧に書いていたのがなれるse4、本当に参考文献。
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祝、ひとりカラオケデビュー


ちょっとあれやこれやでコネクトの練習をしてきたんだけど、練習そっちのけで楽しんできた、延々とコネクトを繰り返しましたさええ。

いやなんというかものすごくいいよなぁ、こうやって絵を見てると自分がどれだけまどマギを毎週楽しみにしてたかがよくわかる。
マミさん派だけど答えを知たったあとで改めて見てみるとほむほむのイケメンっぷりにも惹かれる所があるなぁ。

楽曲と動画の連携含めてオープニングがやっぱり神。
本編はちょっと暗めではあるけれど印象といえばなぜかオープニングのイメージのほうが強いよなぁとか何とか。本編を表象というか裏の話?悲惨ではなかったであろう10話の世界とかも含んでる所があるというのもあるんだろうなぁ。


全く関係なくはない話なんだけど福井駅で電車待ちしてたときにポケモンが流れてたのさ。
子供たちがジーとっ見ててそのおやじさんがつられてぼけーっとみてて、私は週アス読みながらポーカーフェイスを気取ってはいたものの内心では、ぐふふ、あおにゃんあおにゃん・・・とかちょっと人には明かせない様なこと考えてたんだけどまあなんというかああいうところでもきとんと現行のものを享受できるということはものすごいことなんだなぁと思う。ちょっと前まではDVDまったりしなきゃならなかったんだぜ。時代は確実に進歩してる。環境だけは進歩してはいたんだけど私には円のないものだとばかり思っていた。けれどまどマギでニコ動というか動画配信系に引っ張りこまれたと言う所があってこういう新時代のはじめの一撃になった。これは少し社に構えてみてみると、コンテンツというものは一方的に放り込まれる放送を受信するだけではなく意図的に回収しに行くものであるというものがかなりのレベルで一般化した出来事であるのではないかなぁと思う。

そんなこんなで来期の話になってしまうけれどラストエグザイルはこっちで見れるのか?

後席あおにゃん、というだけでかなり期待してる。



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G440は正直微妙だけど用途によってはなんとかなるのだろうか?、G530とかの廉価CPUの最大の強みはCPUそのものというよりもCPU性能そこそこで強力なチップセットを使えると言う所にあるんだろうなぁ・・・


個人的にはなんというか耐久性というか快適なデスクトップと軽いブラウジングを受け持つTOUCHということで分業がなってしまっているのでノートを起動することって殆どなくなったなぁ。


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