暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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宵闇の 蝙蝠すらも 蝶に見え
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志穂おねえさま! 藍子おねえさま!


今、お婿に参ります!

ひとりついった | コメント:0 | トラックバック:0 |

・・・ぼかして書きますよ。以下メンタル的十八禁、共和党員もお断り。

今回、Twitterやgoogleが大活躍したわけですがこいつらは言ってみればソフトウェア・サービスの世界の住人なわけですよ。




んじゃさ、このソフトウェア・サービスを担ったハードウェアってなにさ。




こう考えるとさ、まだ確実なデータは出てないけどiPhoneとかiPadじゃないのかとふと思います。

スタンドアローンで何時間も動ける端末、しかも普及品といったらこの二つとあとはeeePcくらいのもんでしょう。
さらに絞りをかけるとWIFIとパケット通信の二つの系統から通信網にアクセスできるのって上記二つくらいのもんではないでしょうか。
このへんに関しては、特にiPadは電子書籍ではなくクラウド時代に最適化したクラウド端末とジョブスはプレゼンしていたわけですが長時間の停電の中でiPadが唯一の光源だったようなケースもあったようです。

まあ端末あるいは技術思想の話は他の人が書くでしょうから時間もないので書きませんが、いったい何言いたいのかと言われるとちょっとね書いておかなきゃならんようなことがあったので書いておこうと思います。

今回の事例が石川県や福岡県芦屋町で起きたとしたらいったいどうなっていたことやら。

なにいってんだコイツと思われるかもしれませんが、この二つの地域は子供から携帯を奪うことを正式に決定した地域なのです。

さて、これから文化の話をしよう。という時間もないので簡潔にまとめますと、だいたい現在の二十代というデジタルネイティブ世代が今回の情報流通を割と健全な形で回していたのではないかと思うのです。この世代というのは私も含めてテレビも見れば新聞も読む携帯も使うしネットも使うような世代です。要するにテレビの報道見たところで叫び声を上げたりするような初なところはほとんど無いと言っていい情報リテラシーがある世代のことです。






この情報リテラシーというのは能力ではなく誰もが当たり前に身につけている文化であるというのが私の見解です。
このような世代というものはまあ何年も何年も時間をかけて培われてくるものです。正直なところ私もmacにインテルが入った頃ざまぁ!みたいな書き込みをした記憶があります、なんともお恥ずかしい限りです。ですが今回の事件ではネット含めて様々な媒体だけでなく街なかでの活動などを見てみると若い世代というのは比較的冷静でむしろ知識もなく憶測で話を進めているのは私よりも上の世代のような気もしました。ぶっちゃけ陰謀がどうのこうのとかいう風聞を若い世代はあまり好まないようなのです。

と話が逸れかけましたが、文化というと必ずしもそういった嗜好てきなものだけではなく能力的な性向も含むものと考えてください。

例えば少し前までは車を運転できるというのはちょっとした特権的能力でしたが現在ではだれでもが運転できるものになっています。これは決して技術が進歩して車の運転が簡単になったことが主因というわけではないでしょう。オートマが普及したとしても交通量も増え交通規制などは昔より厳しくなっているわけですから、リスクや難易度という意味では現在のほうがはるかに高いとも言えます。ですが、みんなが使える、というのが今を生きる世代特有の文化的能力とも言えるのです。

同様に携帯電話やネットのことを考えてみてください。
例えば私は現代の就職活動にはインターネットが必要であるという発言をしてつるし上げにあって現状の苦境に立たされているのですが私を吊るし上げている連中というのは、妹にもインターネットなしの就職活動をさせるなどという発言を繰り返していたボンクラどもです。少なくとも、現状でインターネットなしの就職活動をするなどというのは正気の沙汰ではありません。公務員一本のようなごく例外的なケースをあげつらわれてもそれはほんとうにごく限定的なケースなのでありそれをもって現在の就職活動全体を語るということは失当以外の何者でもありません。
このようにインターネットや携帯電話というものはすでに社会的な生活を送る上で必要不可欠なインフラとなっているものです。




そして、この必要不可欠なインフラというのもを上手く使えるかどうかというのもまた大きな問題となります。
車に乗れるから高速道路に乗れるかというと乗れないという人が多いのではないでしょうか、車に乗れるという人であってもその能力はまちまちです。

これをインターネットに当てはめてみると、携帯端末を上手く扱えるかどうかというのは正直なところ些細な問題でしかありません。インターネットというのもを所詮は道具と割りきって、その道具を上手く使って知らない人や遠くの人と冷静にやりとりが出来る、今のところ尊ぶべきはそのような文化的な能力なのです。

少なくとも現在の若い人達は、現在自動車事故で生じる・・・少々言葉が悪いですが平成二十一年で死者4,914人よりはるかに軽微な失敗を重ねながらネット社会での振る舞い方というものを身につけながら成長しています。
たしかに学校裏サイトのような新規のいじめが生じてはいるのでしょうが昔からいじめはありました。
子どもがポルノに触れる可能性がある、けしからんという批判は二十年前の共和党員と全く変わっていない発言でしかありません。異性に興味がない思春期の子どもとかきしょく悪くて仕方がない単なる発達障害だろうが(←注・一応これわたしのこと)という反発は置いといて、インターネットに依る被害というのはこの程度のものでしかありません。


危険があるのになぜ車にのるのか。便利だから、生活に必要だから、理由は様々ですが少なくとも車がなければならない社会であり、これはインターネットも同様なのです。

今回、不幸な形でですが若い世代の情報リテラシーというものが多くを支えてきたことが露見したのは確かです。情報配信に力となったニコニコ動画のサーバーは決して非常事態に備えて整備されてきたものではありません。普段から商業として栄えた末に環境が整備されていた、若い世代はそのニコニコ動画の使い方を知っていた。このような文化的背景があったからこそその余力を提供することができたのです。Twitter、googleも然り。



子供からネットや携帯を取り上げることで、どのような結果が生じるか。考えてみてください。

どうしてもわからないというのであればgoogleがどのような活動をしているのか文字どおりググッてみてください。
車にのるだけじゃなく高速道路・・・とは言わなくても都市高を走るぐらいの練度がなければ協力できないような活動がされていたりします。

若い世代の人生から携帯やインターネットという窓口を奪ってしまうということは、彼らをこのような状況下で無力にしてしまうことです。

Twitterやチェーンメールのような流言が飛び交っているんだぞと批判をしてる方。
恥ずかしいのでやめてください。
あなたが馬鹿にしている彼らはそのような偽情報を見抜くすべをだいたい持っているものです。

すくなくともググレばでますからね。
ググレカスと笑ったり哂われたりしてきた世代ですよ。
まじめに考えたこといろいろ | コメント:0 | トラックバック:0 |

そう、私は契約者。

お好み焼きをひっくり返すことが困難だとわかった瞬間、半分にして一個ずつひっくり返した合理的な考えの持ち主。

もう一人お好み焼きも怖くない。

私の対価ってなんなんだろう?



ちょうど有線でDOWN TOWNが流れはじめてなんか幸せな気分になったりしました。
それ街はほんとに良かったなぁとおもう。あのリズムの取り方とか雰囲気の流し方は本当にすごかった。

それはそうと今って外でアニメが見れるんだよなぁ、このへんの関連の本を必要に迫られて読んだんだけど傑作選にそのうち入れようと思うくらいのすごい本に当たったりなんたり。小説読む時間はないものの実用書とかその手のものは結構読んでるんだよなぁ。

ところでアニメの話。アリアは来月かぁ。なんか原作があってそれのアニメ化というのが多い今期のダークホースというのも言葉が悪いけど、花咲くいろはがものすごく良さそうな感じ。

伏兵とかダークホースというとアレだけど、知ってる人にとっては自明の理、true tears の純粋血統っぽいのでもしかしたらもしかするかもしれんね。

true tearsは演劇系というかかなり特殊な属性を持っているながらも単体のオリジナル作品で未だに語られるレベルのもので私も結構好きな作品です。ただそうは言ってもかな水準が上がっている今から考えると尺の取り方とかが昔のものだよなぁというあくまで印象的なものがあるけど、このへんをどこまで現代風に進化させられるかが勝負の別れどころかもしれません。一話だけを見た限りではいい感じに今風になっているけど核のよさの部分は変わっていないような雰囲気です。これをどこまで純化できるか。

あとアルケミマイスターはもうそろそろか、なんかプレイできるのは年末くらいになりそう…対価として今週末くらいにあいきゃんふらーいしてみようかしらん。

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落ち着いてご飯食べられりゅ機会がお昼しか無いのでお昼ごはんが何気なく豪華になってきている今日この頃。
一人焼肉も成し遂げました。

四月からはクロスバイクというのに乗り換えたんだけどこれが意外といい。
そもそも車道を走る度胸はないというか走れるような環境ではないのでぶっちゃけ速度的には早くなったわけではないのだけれど。
片道10キロの緩やかな上り下りのあるコースをだいたい40分ちょいくらい。さっき帰ってきたときは途中で買い物して帰ってきてちょうど一時間くらい。

速度だけを見るとそんなにメリットが有るようには見えないけれど、膝への負担というのが完全に消えるというものすごい効果があることが判明。
前傾姿勢で一見つらそうには見えるものの両手両足とサドルで体重を支えるのでものすごく楽。
これに加えて、きちんと足を伸ばしてペダリングができるので多少の坂くらいならばモノともせずにグイグイすすめる。
トータルで考えると速度よりもコスト的な物が負荷が減ったことが最大の効果になってる。いやもうほんと膝が痛くないの。

さらに付加効果としてなのか、足の筋肉ではなくておしりの筋肉を中心に全身を使って走るようになっているので姿勢がよくなったような気がする。

けどなんというか汗を書かなくなったんだけどこれ運動になってるんかね?


すごく真面目にいいこと言ってるのをきいてたらいきなり露骨に売り込み文句混ぜてて笑いが止まらなかった、そんな日のこと。


一乃さんの新キャラはいろいろ混ざってるというのは…それはむしろ逆で全ての属性は彼女から生じた、もしかしてトールギス的な存在なのか?だとすればなんとも業の深い…

ああ、もうおねむ・・・

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あきばなう

エうくじ引いてきた。
Image1531.jpg

見事に5等。
しかし、狙い通り。



いつもの癖で5時に目が覚めて、やることがなくだらだらしてゴウカイジャーみて仮面ライダー見てプリキュアみてさらにだらだらして祖父前についたのが10時だったんだけどすでに人がたくさん並んでた。いやはや考えが甘かった。

さて、あとは電車の時間までぶらぶらしよう。

・・・あと一週間粘れば生で悠木さんを見られるのか、まどマギの最終回ラッシュも見れるし一之さんのキャンペーンにも立ち会えるのか・・・心が揺れる、だがしかし!

さて、8月までに取れる最後の休み終了のお知らせまで何しよう?

撮り直し
aki2.jpg


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帰りに山手線からの景色を見てふと思った。

高層商業施設でランチをとっている人たち、そのビルの隙間の向こうに垣間見える歩行者天国の人の流れ。これをまとめてフレームに収めて、彼らは高貴なる束縛よりも己の足を痛めて歩く自由を喜ぶ、という注を入れてみたかったなぁとかなんとか。海外の写真集とかだと好まれそうなシチュエーションだなぁ。



さてそんなこんなでかなり突発的な行動に出てみたわけですが、まあね理由は色々とあったんよ。理由はあったにはあったんだけど金曜朝に駅前に立って、あれ、今日休むんじゃんと何このワーホリとかなんとか思ってたら無意識にみどりの窓口に行って切符買ってたんさ。んで結局普段どおりの軽装で新幹線にのったというなんとも後先考えない行動に出たという。正直宿とってなかったんでネットカフェで一泊したんだけどやっぱり結構きつかったんで土曜はちゃんと宿に泊まりました。

到着してまあ最初に思ったのが計画停電の影響で電車の照明が切られていたくらいの変化しかなかったというところについて、やっぱり他人のカメラやメガネを通した情報というのはあまりあてにするものではないなぁとかんとか。ところで金曜の三時くらいだったか隣にふーりんぽい人が座ったんよ、あれ?もしかして?とチラチラと気になって仕方がなかったんだけどどうも開いてたノートが英語の物っぽかったのでちがったよね、たぶん。声聴きゃ一発でわかったんだろうに、渋谷で降りてかれた。まあこの時点でなんか舞い上がってました。

んで今回は新宿から秋葉まで歩きました。途中で文芸社とかポプラ社とかエンブレとか見ながら結構蛇行しながら歩いて途中武道館によったら田村ゆかりさんのライブやってた。ダフ屋がチケットあるよ!て言ってて思わずくださいと言いそうになったのはないしょの話。そんで神保町をぶらぶらしてアキバに到着と。神保町あたり、御茶ノ水あたり歩いていると結構いいよねあのへん、思っていたよりは小さかったものの大学があるせいなのか商店街の書店さんみたいなとこで露天やってた。まだまだ元気があっていいよね。ああいうのって私の地元では殆どなくなった風景、まだ残ってるんだなぁ。
その後また湯島聖堂の裏をうろちょろしたらオーテクの本社?があってなんかすごくかっこよかった、天神というか大名の裏っかわにありそうなかっこいいデザインの社屋、Tecnica Houseのロゴだけで一見?な建物なんだけど硝子越しに床に埋め込まれたオーテクのロゴがさりげなくオーテクであることを主張しているところとかがイカス良い建物でした。すぐちかくにオヤイデ(事務所店舗じゃないよたぶん)があったり。

んで初日はそれくらいか、結構歩いたというのもあるけどそれまでたまった疲労が一気に来たようでもうネットカフェでダウン。東京に行ってネットカフェに泊まってネットラジオ聞きながら一人変な笑いを浮かべてるだけというなんか良く解らん状況でした。
星ラジはもうそろそろ仮面がはげてきてもうこの二人のおねえさまは…もう大好きだ!
ぼんぼりラジオもいい感じ、能登さんはいいなぁ、このしっかりかつ落ち着いた雰囲気が特に、solaの茉莉さんみたいな涼やかな、爽快じゃないな、的確な言葉が見つからない、まあ見れば分かるけどああいう包容力あります的な感じが出せるところとかってもしかして素なのか?伊藤さん小見川さんたち前にするとすごくいい。
ところで千明さんの苗字を小早川と間違って覚えてました、すいません。…死ねっていって下さい、お願いします!
小見川さんのキャラ紹介のクオリティが高すぎ。スンゴイ癖声だったのに今では全く違和感を感じなくなったこの不思議。

・・・何この日記。家でも書けんじゃん。


ということで二日目は東京に着てるんだから東京でしか出来ないことしようということで朝五時にアキバに出てみました。つうか東京都て所詮は人の街なので向こう三軒両隣所詮は人の作った街、夏目漱石の草枕じゃないけど都市機能がまだ寝てるんで築地まで行きました。もちろん途中結構歩いて。
ぶっちゃけついてから思い出したんだけど魚を食べるなら九州のが美味いんだよねとか思い出した何しにきたの私?とか思いつつ牛丼を食べました。
市場で牛丼?と思われるかもしれませんが九州で言うところの長浜ラーメンのような感じでそもそも牛丼と言うのが市場でのファーストフードとして完成されていてそこから吉野家とかが市場に出てきたというところがあるらしく、言ってみれば牛丼というものの原種のようなものなのです。
んでこの店というのが表通りにあるので見つけやすく行けばわかります。おばちゃんとその娘というか息子か孫の嫁さんと思しき女性が大鍋で作っている牛丼の具をご飯にかけて手早く出してくれるお店。カウンターと立ち食いの席あり。
さてその牛丼というのがファーストフードな牛丼や定食屋の牛丼とも全く違います。むしろカレーに近い。
たぶん牛筋肉に玉ねぎだけ。これを醤油・・・だけ?じゃないよなたぶん・・・カレーとすき焼きの中間のような感じのものです。かなり味が濃くてややキツイかもしれないけど長浜ラーメンも似た様な荒々しいところがあるし個人的には結構好きな味でした。

んで次に・・・どこいったんだ?たしかまたうろちょろして渋谷に行ったんだたしか。渋谷に何しに行ったのか自分でもわからなかったんだけど唯入ったことがなかったから行ったという感じ。どこにいっても思うんだけど東京って街自体はそんなに大きくはないんですね。集積率がものすごいというだけで。むしろ競争率が高い分マックみたいな大手の地位が高いみたいでその土地ならではの選択肢というのが余り無いように感じた。ふらふら流しただけで何もしなかった・・・というか若い人ばかりで店にはいる気も失せた。NHKの総本山に行ってみようかなと思ったけど力尽きてラーメン食べてりだつ。

んで夕方はアキバをうろうろ書泉とか俺棚とか見た。虎の高尾さんの色紙とか祖父の御影さんの色紙とかみてなんか嬉しかった。こう言う細かいの探すのも面白いかもね。ワインを飲めるところを探してたんだけどなかったので結局よどうえのちゃぶ屋で晩ご飯・・・またラーメン?と自己嫌悪しながらも軽めのものということで夏季限定の名前忘れたけど替え玉が出来ない奴を食べました。まあ普通というか野暮ったい感じだったのでごまを少々一味を一振りでせっかくいい感じに焼けて風味の付いていた鶏肉に味を合わせてやるとこれが結構化けまして、結構幸せなご飯と相成りました。

んで今思い出した、午前は東京スカイツリー求めて歩きまくったんだ、アキバから。あまり地元が盛り上がってないみたいねあれ。一部は結構積極的にやってるんだけど観光地みたいな貪欲さはない感じ。というか向こうの読売はすげえな。下があれだと手綱を取るためにも上が保守的になるのもやむなしなのか?


んで二日目終了。


三日目、昨日の出来事。もちろんエウくじ引くために並びましたさ。なんかあんなふうに並んだことって殆ど無いような、というか並んでる人をさばく側だったんだよなぁとかなんとか思いながら係の人とか組長っぽいひととか見てました。なんか手馴れてないなぁと思ったら初めてっぽいらしいね。
まあ結果は5等だったんだけど狙い通りの品を手にして、人目につかないところで頬ずりでもしようかなにしようかとまたネットカフェでうだうだ。本当に東京いって何したんだろうか。

そして一時頃ようやく街に出るとちょうどホコテン始めるところだったみたいで観察してました。
まあアレだね現場にはいかなきゃならんというのはここでもやはり実感しました。アキバって千代田区なんだぁとかまあ共和党員みたいな方達の行進を眺めたりしながらまあなんか利害とか絡んでるんだろうなぁとかなんとか思いながらそれでも一人また一人と車道に足を踏み入れる人たちの様子を見てました。ショーシャンクの空にではないけど、奪われた自由を取り戻してそこにに再び足を踏み入れる人達の姿。やはりみんな周囲をみる、もう入っていいのか?と言う感じで、みんなが一斉に自由だヒャッホイ!と群がることはなかった。自由になった道に足を踏み入れることに戸惑わなければならないという状況は、正直なところまだ刃を突きつけられた状況での自由でしか無いのではないかとも思った。ぶっちゃけ大名とかは事実上ホコテンだもんね。地下街は無論地下街だし。小倉はもはやアーケード街だし。そういう街から来た人間にとってはなんでそこまで怖がるのだろうという印象が拭えなかった。
警察関係の人は結構警察然として職務に忠実な感じがして好印象だったんだけど腕章つけたスーツの人ってあれどこの所属の人だったんだろう?刑事さん?まあなんかいろんな勢力のひとが紛れ込んでるみたいでなんか複雑なんだなぁとかなんとか。


その後ヘッドホンの視聴…もうほんとごめんなさい迷惑かけてごめんなさい。
今回は時間もなかったので高級機だけを視聴させていただきました。
E9は結構いい感じ、おそらくはダイナミック型ヘッドホンの完成形のひとつかも知れない。
E8やhd800は現代っぽすぎる感じが拭えない。悪くはないんだけどすでにダイナミック型という時点で規格限界に達しているのではないかという感じがした。E8は結構露骨に派手だけど不自然さはそんなには無いという感じ。一方でHD800は付加効果かけまくってるのに自然というワケの解らんものだった、禅の特徴かもしれないけど声が重くてそんなに好きにはなれそうになかった。
ただそういうものの中で、今後の市場展開の柱になるのではないかと思うものに遭遇。HIFIMAN HE-5LE。これは衝撃だった。
全面駆動ユニットらしいんでスタックスと似たようなもんじゃないのとタカをくくってたけど完全に予想の斜め上を行かれました。

スタックスがドライブユニットから全てをデザインしてメーカーが決めたこれだという音しか事実上は聞けないようになっているところが、音調やヘッドホンそもそものモバイリティを殺してしまってるようでなんかすごいとは思うし実際にすんごいんだけど私には必要のないものだよねという印象があったので、この平面ユニットの印象がスタックスのものに縛られてしまい視聴は最後になってしまったもののコイツはいい、と素直に思った。

端的にいってしまえば音が混ざらんのさ。例えばダイナミック型というのは全体のイメージをだいたいこんな感じというふうに描写しているわけだけど、理屈的には振動の起点が一点から音が出ているというものなんだけど(ただしユニットの物理的な面積とかで理屈通りにはいかない)平面型の場合は発信もとが点ではなくて麺なわけですよ。要するにとなりの部屋から響いてくる音を聞くのに穴をあける場合点を開けるか面を開けるかの違いといなわけですが、今回聞いた感じではむしろその隣の部屋の発信源が複数あるような感じなわけです。

まあ変な言い方しましたが各音源のテンションがきちんとばらばらになっているわけです。ただ分離がいいだけではなく、それぞれのおとがきちんと自分のペースで独立しているというのがなんともむちゃくちゃです。これが技術革新というものなのか。

ちょっともう眠いので今日はこれまで

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東急?博多駅ビル上の書店に花咲くいろはが一冊だけ残ってた、しかも初版。
いやっほい。
帰りの電車の中で読んでたんだけど、緒花ちゃんが眩しくて危うく失明するところだったぜ。

花咲くいろははいいなぁと思う。もうちょっと早くこの作品に出会いたかったなぁとか何とか。もともとレギュラー連載されていた分の単行本らしいのでネットカフェとかに止まったときにいろいろとチェックしとけばよかったと後悔。
このなんというか前向きな突っ走りかたを見ていると本当に羨ましいというかこんなふうになれたらなぁとか思うところが良くある。正直毒沼に生息しているような人間なのでこう言う清々しい姿という物見てると浄化されてしまいそうでなんか泣けてくる。けどきちんと微笑ましく笑えるというのがなんとも。
これはぜひとも読んだり見たりして欲しい作品。損はないよ絶対。


さて、昨日の続き。
HIFIMAN HE-5LEへの考察について。
正直なところ初見では中低音型のスタックスかなという印象だったんだけど一曲聴き終わった時点ですでにこの印象が間違いだったということがすぐわかるほどにその性格はまったくもって異なる。
というかスタックスも視聴レベルに留まるのでここの辺の描写は宛にはならない又聞きレベルの物という程度の話として聞き流したほうがいいかも。
スタックスが音楽に特化させたような印象があるのに対してHIFIMAN HE-5LEの法は比較的万能型。ソースとなったDA200の性格も加味されているのかもしれないけど個別の音の一つ一つの分離がきちんとなっているうえにそれらの個別の音のテンションがまるで違っているというとんでもないものだった。
音が伸びたりはほとんどしないむしろ線が太く地味で野暮ったいと感じるところがないわけではないんだけど、この描写能力に気づくとむしろいろんな楽器や空間の中での音というものが再現されており非常に誤解を招く言い方をすればサラウンドヘッドホンの変種かと思えるレベルの個別の独立性が保たれている。ドルビーヘッドホンというよりも昔8個ぐらいドライバユニットがついたサラウンドヘッドホンがあったけどあんな感じかもしれません、聞いたことはないけど。
何といえばいいのか本当にわからない、たぶん新種の動物だったり現象だったりにであった人が既存のカテゴリに当てはめて理解しようとして失敗するような、そんな不思議な体験をしました。


ほんとに一度聴いてみる価値があります。他にもどっかの国産のメーカー(FOSTEX?)が同様な製品を作っているらしいのでそれと聴き比べたら面白いかもしれません。
まあこのへんは本当に聴いてみなきゃわかりません。


さてそんなこんなで、お昼食べてなかった、何食べよう?とアキバをぐるぐる回ってみたもののスタミナ系とかばかりでなんというか選択肢に困り結局ケバブを食べました。もう2年前か、以前来たときは車で売ってたのを食べたんだけど今度は店舗ので。頭悪い表現かもしれんけどほんとうに普通に美味しいの。変に狙ったところがないから安心して食べられるので特に。

店の前に並んで食べてる人たちの列に混じって私も立ち食いしてた。そこでそのへんに貼られているポスターなんかを見てたら土曜日にあったライブのポスターがあって、名前見てたらキタエリの名前が!計画停電の影響なのか当時電灯が落とされていてやってる最中に前を通ってもなにやってるのかはわからなかったのでスルーしたんだけど、立ち止まってみればよかったと後悔。
土曜の夜なんだけど本当にくらい中やってたよなぁと思う。たしかに計画停電の影響とかで色んな物が中断されているように報じられてはいるものの必ずしも全てが中断されているわけではないんだなぁとふと思う。もしかしたらこの連中は停電になってもアカペラとケミカルライトだけでライブ敢行したりしたかもしれんね。電気がないと何も出来ないという声が上がる一方で、電気なしでもやれることはいっぱいあるというのをしっかりと見ておく必要があると本当に思った。
ぶっちゃけ電子書籍電子書籍騒いでるのってマスコミに踊らされているパンピー共で私らにとってみれば電子書籍の限界というのは結構当然に受け止められてるよね。例えば解像度の問題、バックライトの目への負担の問題、端末の駆動時間の問題。これに加えて電子ペーパーとかまで含めて考えると誰が書いたかわかるようにしなければならない権限の問題とか。
アドビとかはこのへんに果敢に挑んでいるらしくていつ誰がどのように書き加えたかとかいうログをメモ共有時に残すサービスとかをかなり昔からやってきたと記憶しているけど、これって真摯に紙を使ってどのようなことがされてきたかということを調べつくした成果なんだよね。法律の世界で言うところの有印私文書とか登記のログとか。もしかしたら一般人よりもはるかに紙を使う文化というものを詳しく把握しているのは本屋や新聞屋ではなくこういう限界に挑んだ連中なのかもしれない。だからこそクラウドで現場以外のところにバックアップを分散させようとか言う発想が生まれるんだろうなぁ。
まあ何にせよケバブはうまかった。キタエリ見逃したのは痛かった。

ところでこの電子書籍関連にネガティブな印象を私が持っているかといえば意外とそうでもないわけです。電子書籍というか電子媒体にしか出来ない仕事は確かにあります。例えばウィキペヂアのgif動画に依る解説など、イメージを掴まなければならない物だったりその廉価さだったりホントはまた違った良さがあるのは確かで私はこういった誰ともしれないイカスものを作った人たちの助けをかりてきました。さらに言えばこのへんの電気通信革命に本気で取り組んでいた人の手記を読んだりすると私たちが受けているサービスというものがどのような過程を経てきたのかを知っているためになんかお祭り騒ぎしてるところ見てると中身ヌフォじゃんとか、なんというか情けなくなってきたりしなかったり。
ただきちんと紙の良さを言うものを追求していっているのが萌王とか特定の文化だったりするのはどうなんだろうと思うことがなくもないけど、それ以外にもいろんな本があるわけです。大手だけが本屋じゃないんだなぁと本当に思います。とくに私は参考書とかに病的な注を入れながら読んだりするくせがあるので今でも何冊かブックオフでも引きとってくれないようなのが手元に残っていたりします。この手のものというのは本かと言うとたぶん本じゃなく首級のようなもんでしょうね。一冊でも使い潰すということが出来る本というのがあればそれはそれで素晴らしいもんです。電子書籍ではおそらくここまでの情報以外の経験を残すというかとはできんでしょう、一つの本というパッケージをためつすがめつするということは何においても基本ですしね。文字を読む文化というものは何も情報を得るだけのものではないのです。


とまあこんな感じで東京旅行完。四時には新幹線に乗って帰途につきました。
電車の中では行きのMF帰りにGAという感じで各二冊。アリア101は堅調ですね。レネシクルも堅調。最近遊撃枠で何も読んでなかったのでおとーさんといっしょを読みました。私に娘属性があったとは…というかリリィを可愛がりまくってる時点で自明か。

ルーチン以外に都合10日くらいは食われている現状はかなり厳しい状況ですがなんとかこれで何とか戦えそう。
まあ今回の旅の裏の目的は青い鳥殺しの一部であり今のうちに青い鳥を全て焼き鳥にしてしまって後顧の憂いを断とうという目的がありまして、現状着々と青い鳥は数を減らしその姿を消しつつあります。四月中には全て殲滅予定。


ところでGOSICKは序盤をミステリー好きのためのミステリーに固めてしまった用な感じがしてましたが中盤からきちんとストーリーが進んでいるようで面白くなってきた。ISはというかMFはCGならではのアニメというものの使い方が上手いなぁ。
市場が飽和してくると次なる手段というものが次々と生まれるものでそういう挑戦を繰り返して今があるわけでそれは政治も技術も変わりません。今回どうもクリントン副大統領が来てたの?もし蜂合わせたらミスターレントによろしく!って言おうと思ったんだけどそんな機会はあろうはずもなく。東京も福岡も小倉も熊本も向こう人の世を作ったのは神でもなければ鬼でもない。三軒両隣にちらちらするただの人である。東京行ったから何かが変わるはず!その幻想をぶち壊す!という感じの自虐的なことばかりしてようやく落ち着ける・・・のか?


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まどかは今日が最終日かぁ、ニコ動の放送日は24日にしてくれればいいのに・・・

そしてアルケミマイスターは明日発売か、ほんともう少し粘ってればよかった、今から飛行機に乗れば間に合うか?


先日の東京行きは事実を指摘する言語を使用すると東京に行ったというものだったんだけど、評価言語を使って記述すると視察というのが半分ぐらいあったんだよなぁ。

今やってることというのが今後10年20年の礎を築くようなもんで効率とか言うものよりも可能なかぎり不安要素を潰して文字どおり磐石というものを創り上げなければならないというもので、本当にアホみたいに地味地味な作業ばかりが続いています。

まあそういう状況なので現状必要とされているのは誰にも放てないような必殺技ではなく、対象を創り上げるために行程を事細かに見分けて各段階での到達点とそこに至るための必要条件とを把握羅列してルーチンを構築、これと現状のリソースとを付きあわせて進行状況を把握しつつ何度も何度も戦略戦術を書きなおしてといつおわんのこれ?ということ、評価言語を使って記述すれば誰にでもできるような凡庸な手法をまあ黙々と続けています。
ぶっちゃけほんと地味で例えばここ最近やってることを羅列して履歴書に書いてみたりしても、ぷくく!無能wwwと哂われてすぐにゴミ箱行きだろうなぁという感じのことしかやってません。いや実際そういう構築ルーチン無視してそげふ言ってたんで追い出したのとかからは露骨な嘲笑を受けてます。事情を知らない奴らは奴らでそういう動きにだけはのってはいるのが多いけど明確な敵はいなくなった現状。まあ味方もいない・・・というわけではなくお友達はいないけど共闘関係はあるという変な状況。

まあなんのためにやってるんだろうという疑問がなくもないけれどその羅列された物を見てみると、名将なしで全国統一する信長の野望のような誰にでもできることだけど誰もやろうとしないことを自分の力量だけでやってるというところがほんの少しのご褒美になっていたりなかったり。少なくともここまでのルーチン構築の経験だけでもほんとに貴重だよなぁとかは誰にも評価されないのでしょうが良いスキルを取得してる最中なんだろうなぁという実感だけはあります。まあ要するにウィザードになりたいわけではなくて室見さんになりたいわけです。

室見さんといえば三巻のシートを読んで仕様を考えるというところが描写されていましたが最近あそこの描写がいかにすごいことなのかを理解できるようになってきました。様子するに事実の指摘や単なる数値というものを適切に評価してそれに対して適切な具体的解決策を提示するというほんとに言葉にしてみれば簡単だけど、知識だけではなく専門的な経験が試される世界というのは本当にすごいなぁと思います。

以前というか一年くらい前に妹様が司法書士試験を受けるとか言い出したことがあります。案の定行政書士と混同してたようなんですが、あの子の言い分からすると合格率がともに3%台なんだから難易度は同じだとかほざきやがるのです。
その理屈から言えば新司法試験はアホみたいに簡単になるんだけどねぇ・・・行政書士試験というのが(真面目に勉強した)大卒相当の知識を要求する資格試験であるのに対し、司法書士試験というのは文系資格でトップ三つなぁ~んだ?という質問に対して司法試験と公認会計士とあと一つにはいるかはいらんか位の難しいことは難しいけど少なくともユーキャンでどうこうなるものではない。

たとえば本屋に行って行政書士試験の参考書や問題集を見てみるとこれ一冊で大丈夫とか言うのがあったりしますが司法書士試験だったら最低でも問題集だけで10冊とか言うのが普通です。
予備校とかのパンフレットを見てもわかるように二つのコースの値段って下手すると桁違いだったりします。
加えて行政書士試験は択一で逃げ切れるので独学丸暗記というのも手の一つとしてまぐれ当たりを狙うことも出来ますが、司法書士試験というのはそもそも司法試験に次ぐ民法関連のエキスパートの資格で俺様解釈の入りやすい独学というのは一番やってはいけないコトでありそもそも独学でどうこうできるもんでもありません。しかも記述試験として実務的な書式を試されることもあるのできちんと学ぶという作法を経てしか対処できないような代物です。以前書いたように実際まったくわけわかめだった私は白紙で出しましたもん。
まあこんな感じの、実際に経験した人間の情報というものをくどくどと言い聞かせました。

はぁ?お前みたいな低能と一緒にするなみたいなこと言われたりしましたが93条すら理解できんくせになにいってんのコイツという反撃もすることなく、本当にやるというのならきちんと予備校とか法学部の講座受けたり先生とかに相談しに行きなさいという助言をして・・・終わらんかったんだよなぁ。

この他人の助けを借りなさいという発言が一番言っちゃいけん言葉だったらしく案の定ぼんくらどもが騒ぎやがりました酷いつるし上げを受け・・・現在に至ります。まあこれは我が家の特殊性がもたらした悲劇のようなもんかもしれません。

ただ以前も受験の心得みたいな感じで書いたように作法というか手順という物すっ飛ばしてどうこうなるレベルのものではないという私のような経験した人間の具体的な手法の話をしている人間の意見というものよりも、合格率とかそういうそれっぽいモノのほうが説得力のある情報として通用しているというのが現状です。実際評価を受けるのは室見さんではなくベビーフェイスなわけです。

まあ今やってることというのは室見さんになりたいというというか、室見さんを探しているようななんかそんな感じ。要するに真贋見分けたり、最高の物ではなく必要なものは何なのかをきちんと自分で基準に照らして選別した上でそれを自分の判断でGO出せるかにビクビクし。正直なところ一般人とは基準というものがかけ離れてきたような気がしないでもないけどそのへんは元々なのでダーメージは少なめ。
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ちょうど一年前か
中学生当時から強制されていた食事を一日一回しかも夜間のみという慣習を拒否して日中にご飯をたべるようになったのは。

まあほんとに揉めに揉めて強制などしてないとか何とか脅迫まがいの怒声や罵詈雑言を浴びせられましたが強制していないのなら昼に飯食っても問題なかろうと強行して家庭内でハルマゲドン級の大問題になりました。

さてそれを実効に移すに際して単なる生活習慣の改善とかいう生ぬるい言葉で表現できるものだったかというとそうではない。

もともと夜間の食事のみということで成長期を過ごしたりしたので身体が付いてこないのである。
ぶっちゃけ日中に飯食っては吐き飯食っては吐きを繰り返して、完全に朝昼の食事での生活が安定したのは・・・今年の3月のことになる。つまり先月。
これに加えて日中にご飯をたべるということへの罪悪感というか恐怖のようなものが今月にはいるまでは続いていた。

普通の人にとっては何のことない当たり前の話かもしれないが、その当たり前がいかに大事かということを。この言葉に続ける場合いかに大事かが見に染みて感じられたとかいう輩は本当の飢えというものを経験したことのないただのボンクラである。さて、食事を取るという事がいかに生きて行く上で重要かまで語ることが私にはできる。むしろ食事というものを機能として捉えることも可能なのです。

例えば食事というものは生命活動を維持する為に必要なものであるという前提がまずあります。
では、そこで必要となる栄養とはなにか。筋肉を動かすのであればカロリーで食事を勘定することだけでもいいかもしれませんが実際にカロリーだけを摂取しただけでは偏食による栄養失調のような感じになり、目が見えなくなったり(目のレンズの動きが変になったりなんか白くなるの)少し喋っただけで粘膜が破れて血が出るようになったりします。これは経験談。偏食するお前が悪いとか言われそうですが一応これは強要されていた食生活が原因ですので、念のため。
そこで必要となるのはビタミンミネラルやタンパク質、油分などの各種の栄養なわけです。
死なない程度の栄養をとって生ける屍のように徘徊するだけならばこのような栄養などいらないのかもしれませんが、健康で文化的な最低限の生活を営むには少なくとも一汁一菜などの食事のバリエージョンが必要になります。
これは例えば車を動かすのにはどのような油が必要かと考えたときにガソリンだけではなくエンジンオイルやグリスに電気などの様々な消費物を必要とするのと同じものかもしれません。

そしてこのような栄養をいつ取るべきなのかがまたひとつ問題となります。
食事とは生物が活動するために必要なエネルギーを摂取することを目的とするものである以上その活動に必要となるエネルギーを摂取するというスタンスで食事を取るべきものでしょう。

・・・なんかめんどしくなってきた。

朝ご飯をたべると力が湧くとかあるけどあれは主従逆転してるよね、朝からいい感じに動けるように朝御飯を食べて朝動くという習慣をつけるべきもんだよね。
夜間一色の生活だったときは一日の実働時間は体感的には6時間程度のものしかなかったように思う。けど今は朝昼食べるだけでその3倍くらい動いてるのにあまり疲れはないんよ。
栄養かつかつの状態で動くよりもお腹に物入って動く方が楽なのは当たり前。
それに加えて朝御飯を食べるという場合には軽いもので済ませられるからいいよね。
最近の生活は朝起きて洗濯物を洗濯機に突っ込んでフライパンを熱して余熱だけでハムエッグとかを作ったり(半熟にしたいときはこれ大きめのフライパンを使うのがポイント)トーストセットしたりして洗面所へ。もどってきたときに出来てる食事をとりながらヴィクトリカを愛で。さらに愛でつつ洗い物を済ませた頃には洗濯が終わってるからそれを干してとかそんな感じで動いてるけど、ご飯食べた後に動くんだという習慣付けをすると何かと役に立つ。
昼をきちんと食べるようになったのはそういう背景がある。
晩は下手するとケーキ一個とかばっかりだもんね。まだ身体が三食受けつけないの。

人はパンのみに生きるにあらず。
まあパンとサーカスという言葉がありますが、パンならスープとか栄養も大事。それと同じように心の栄養も大事。実際もしらばやってなかったら健康問題で自殺してたからなぁ。多様性というものは傍から見ている人間にとっては大した問題には見えないものかもしれませんが、その多様性の中で生きる人にとってはとても大切なモノなのです。

さて、いろいろと忙しいけど心の栄養も大事だよね、さてさて、ぶきっちょ剣士と共に旅立ちますか。・・・←オイ
まじめに考えたこといろいろ | コメント:0 | トラックバック:0 |

本来の予定通りにことが進んでたら今月末日までは東京にとどまってたんだよなぁとか何とか、過ぎたことをくどくどくどくど・・・

なんというかリスクつぶしの方にどうしても気が行ってしまって判断が鈍る

どう考えてもほとんど現実味のないプランまでもつぶしに取って返す判断をしたんだけど、本当に弱いなぁ自分。
今弱ってるのか?
普段なら一笑に付すような甘言に惑わされるとは。まだ若いのとも言えるのかねぇ・・・
ひとりついった | コメント:0 | トラックバック:0 |

一乃さん買ってきた。

ほんたにさん頑張りすぎ。
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ひとりついった | コメント:0 | トラックバック:0 |
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