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暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

何だ貴様はッ!!!

某法制審議会に乗り込んでこのように叫んだ場合4人は「俺か?俺はスペシャリストだッ!!!」と答え、残りの11人は「俺は国民の代弁者だ」と応えることでしょう。

この国のスペシャリストは死に絶えるんじゃなかろうかと思った。


現行の刑事関連の法制度というのは最低でも百年くらいの運用実績の上に成り立ってきたものであり、そうやすやすと否定できるものではないと思います。


ひとつの大きなシステムの運用上、一定の部分につき不具合あるいは処理不足が予測される場合にはそのシステムに対し一部の修正や特殊なスキルを付与することによりその解決をはかることが常識的な行いではないでしょうか。

バックミラーの見え方が悪いから車自体を廃車にしてしまうと言うのは極論でありバックミラーを取り替えるだけでいいでしょう。たとえばCPUやGPUと言った最先端技術の世界においてもたとえば命令セットやシェーダのようなその用途に限り効率的な処理を補助する部分を追加することにより問題を解決してきたと言うのはよくある話です。
なぜそのような小手先の業にこだわるやつらがいるのかと言うと、特定の処理のために全体を取り替えてしまうと言うことは非常にリスキーだからなのです。

刑法体系と言うシステムにかせられた役割と言うものは重大事件に対応することは大事ですが第一には治安の維持がその目的なのです。
世の中が平和であるようにあるためのシステムが犯人をどこまでも追い詰めて糾弾する血に餓えた復讐鬼を量産することの手助けをしてはならないと思います。
日弁連の提言には犯罪被害者の直接的なケアなどやるべきことはまだまだたくさんあると言うことが盛り込まれています。
そういうことをすっ飛ばしてわかりやすい時効廃止といううたい文句に飛びつく素人たちの代表者と言うものは社会ヒステリーの代表者にしか見えません。非情なことをいってしまえば高々数人の死人のためにこの国を治安維持法の亡霊どもが跳梁跋扈していた時代に戻すことは決して許されないことなのです。

確かに被害者に同情を示すことは美しいことでしょう。しかし、推理小説よろしく加害者をつるし上げることは決して美しいことではありません。そういう原始的なヒューマニズム的な刑法の時代などとうの昔に終わっており、現代の刑法は人を裁く力というものが本来凶器でありそれを必要悪的に利用するものだと言う方向に進んでいるのです。

たとえばあなたが60歳あたりに差し掛かり突然逮捕されあなたは40年前の今日天神で人を殺したと言う罪状を突きつけられたとします。どう反論しますか?20台の九州の人間で天神あたりにいったことのない人なんていうのはあまりいないと思います。やっていないことを証明することは悪魔の証明と言われるようにほぼ不可能です。刑事システムと言う凶器を規律する100パーセントの立証がなければ罪は問われないという疑わしきは罰せずという基本ルールも崩壊しかけていると言う現状ではほぼ起訴されれば有罪は確実です。
自分は清廉潔白だから罪に問われることはないと思うかも知れませんが、社会ヒステリーの中ではただそこにいたからと言う理由だけでスケープゴートになるのです。
白紙調書や冤罪と言う話を聞いたことはないでしょうか。身近に書かされそうになった人がいるので案外その辺に転がっている問題なのかもしれませんね。


民意に沿うということは大変結構ですが、それは民主国家としての理性をかなぐり捨ててまで実現すべきものだったのでしょうか。ある程度超えてはならない一線の中で民主的に国家を運営していくことが国民主権であり、人の意志の赴くまま何をやってもいいと言うのは人民民主主義という政治体制です。
またこういうヒステリー化の主導権が行使されることで先に時効問題について理性的な反対をしたような知識人層が虐殺されたような事件はすでにカンボジアで起こっています。

どうにも私には素人判断で今までスペシャリストが確立してきた実績を平気で投げ捨ててしまうような社会の流れが恐怖を喚起するものに見えて仕方がありません。
豊田のリコールの問題に関しても初期にはアメリカ製の部品が悪いと言い張っていましたよね。それがいきなりABSの設定ミスと言うことになり、たとえ無償で対処するにしても同じような問題隠しがまた行われるかもしれないと言う不振を煽るには十二分の問題のなのかもしれません。あれは平時であっても致命的な問題であったはずです。リスクマネジメント能力のなさが露呈したこと自体は間違った指摘ではなかったでしょう。
また外国人選挙権の話にしてもなぜか憲法15条がらみの判例しか引用されていませんが、基本的人権の部類に属する判例に日本国民固有の権利を永住外国人に譲ることは出来ないとする判例も多くあります。あれは単に15条だけの問題ではないと私は思います。そもそも世界の潮流と言うのもおかしな話で、移民流民を受け入れることで社会がおかしくなると言うことは多くのところでおこったことですけれどもね。国家レベルではなく私設団体の行動がなぜか世界の潮流に祭り上げられるこの不思議。



今まで誰もやらなかったことと言うのはたいていの場合禁忌とするに値するデメリットゆえに禁忌とされているものです。そういう禁忌を知るスペシャリストの言葉を無視して、新聞やテレビなんかを見た程度で知った風にものを語って、その実利用されてるだけの人のほうが危険と言えば危険ですが現に票という権力を持っているのはそういう人たちなのです。
そういう素人さんたちは時効問題や外国人参政権の問題やネット規制の理屈が中国当局と同じこといっていることがどれだけ危険で自分の首を絞めているのかご理解いただきたいと、そう思いました。

これは体感治安と言う問題なのですが、今の日本ほど平和な国というのはありませんよ。恐怖感を煽るぼんくらどもがいるために世の中が物騒に思えるだけです。
盗んだバイクで走り出すような若者が多かった昔に比べ今は安穏としたものです。
景気が悪いのはまお~さまのせいではなく、単に日本人の想像力が不足しているからだと思いますし。

何を言いたいのかというと、今の世の中そんなに悪いもんではないと言うことです。
さまざまな問題も、その問題に見合った規模の適切な対処の積み重ねこそが重要なのだと思います。
そういう地道な努力を汗だくになりながら繰り返しているスペシャリストさんたちには素人権力者に負けないで欲しいと思います。児島惟謙のような人が今の世に出てきても今の新聞やメディアは全力で叩くかも知れませんがそれでも負けずにいて欲しいと思います。
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