暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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PHP研究所、スマッシュ文庫を三月九日に創刊

いまアストロノトの続刊が届くの待ってるんですがその幕魔に何かないかなとリンクをたどっていると奇妙なものを発見しました。

スマッシュ文庫創刊!でググるとアマゾンの告知ページのようなものが出てきますが、あまり大々的にやる気はないのだろうか?もしかすると某系統のニュースサイトの告知を狙っているのかもしれませんね。

ラインナップは以下


萌えとファンタジーとミステリーか?
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小考

今読んでいる本はとても面白いわけですが、それとは裏腹に少し寂しいなとも感じている。

私が読みたいと思える本のジャンルがこのまま消えていってしまうんじゃないかとふと思った。

どこのレーベルも流行ものや既存の安定したカテゴリに引きこもってしまい似たようなキャラものばかりになりつつあるなぁというのも去ることながら、サプライヤーにしてもおそらくは散発的に登場する電撃などの大手の才人かGA文庫ぐらいしか残らないのではないだろうかと思う節がある。

確かに売れる作品を作るというのも戦略の一つかもしれませんが、売った作品をきっかけに買い手を引きとめて次もこの作者の作品を買おう、このレーベルのものを買おうというイメージの確立もまた戦略です。

GA文庫編集部様にはぜひともただのキャラものだけではなくきちんとしたティーンノベルを書ける爆発力を持った新人さんを救い上げていただきたいものです。
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It's a too small world to...<アストロノト>



「支柱解除!報天、離陸するッ!!!」

報天を地上に縫い付けていた3本の支柱が、花が開くように倒れていく。
ふわり。大勢の人々に力強く持ち上げられたかのような感触がして―
ノトたちは、地表を離れた。

第一巻第五夜<報天行>より
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過ぎた日の御伽噺、かなえたいと願った/ミミズクと夜の王




電撃は時々本気でこういうものを拾い上げてくるから目が離せない。
作品の完成度などと言う基準などは置いといて作品のイメージをそのままに本にできるレーベルと言うのは現在では珍しいのではないか。

まじりっけのない現代版の御伽噺と言う意味では稀有な作品ですが、一巻完結できれいに終わらせられたとことも作品としての完成度に貢献しているのかもしれません。

ライトノベル云々と言う定義には諸説ありますが、基本的にライトノベルと言うのは読者側ではなくて売り手側が作った商業カテゴリであると思います。低俗だ何だという見当違いな批判がなされることが多いライトノベルですが出来不出来があると言うのはどういう本のカテゴリでもヘッドホンのような工業製品の世界でも同じですし、SFとしての表現に不足している部分があるなどとの批判も話を一冊にまとめるために知識だけでページを稼げるようなものをロケットの下段のように平気で切り捨てるような人もいるわけですから単純に多くて300ページの文庫を作品にするためにどういうものを意識しているかと言うコンセプトの差に過ぎないのではないでしょうか。それに出来不出来の差なんていうのはほとんど作家の実力差に過ぎません。そんなにクオリティの高い文章と中身が欲しいなら論文や判例でも読んでおくがいいでしょう。

話がそれましたが一冊の本と言う商品のフォーマットを通して読者とレーベルは意志の疎通をしているのです。

そういう通常のやり取りの中で急に毛色の違うものを持ってくることが出来る、つまり売り手のほうがイニシィアティブを取れると言う意味では電撃はさすがに強いなぁと思います。


さて、お話の内容ですが花を育てたり敵対する姫さまに説教たれるようなアクティブなまお~さまではありませんが、雰囲気たっぷりの黙して語らない夜の王が月光に呼ばれて芽を出した無垢な心をやさしく育てていく物語です。

ただそういうものは話の筋とは裏腹に幻想的というには程遠いような内容でつづられることもあります。
この系統で売ろうと考える輩もいたのかもしれませんがそういう生々しさを舞台背景に圧しとどめたと言う点もよかったのかもしれません。

刺激的な文章こそが何のかんのいう輩もいますが、そういう風潮を無視してこういう話が拾い上げられると言う意味ではまだまだライトノベルレーベルも捨てたものではないと思います。

とはいうものの、これって三年前の本なんですよね。
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何だ貴様はッ!!!

某法制審議会に乗り込んでこのように叫んだ場合4人は「俺か?俺はスペシャリストだッ!!!」と答え、残りの11人は「俺は国民の代弁者だ」と応えることでしょう。

この国のスペシャリストは死に絶えるんじゃなかろうかと思った。


現行の刑事関連の法制度というのは最低でも百年くらいの運用実績の上に成り立ってきたものであり、そうやすやすと否定できるものではないと思います。


ひとつの大きなシステムの運用上、一定の部分につき不具合あるいは処理不足が予測される場合にはそのシステムに対し一部の修正や特殊なスキルを付与することによりその解決をはかることが常識的な行いではないでしょうか。

バックミラーの見え方が悪いから車自体を廃車にしてしまうと言うのは極論でありバックミラーを取り替えるだけでいいでしょう。たとえばCPUやGPUと言った最先端技術の世界においてもたとえば命令セットやシェーダのようなその用途に限り効率的な処理を補助する部分を追加することにより問題を解決してきたと言うのはよくある話です。
なぜそのような小手先の業にこだわるやつらがいるのかと言うと、特定の処理のために全体を取り替えてしまうと言うことは非常にリスキーだからなのです。

刑法体系と言うシステムにかせられた役割と言うものは重大事件に対応することは大事ですが第一には治安の維持がその目的なのです。
世の中が平和であるようにあるためのシステムが犯人をどこまでも追い詰めて糾弾する血に餓えた復讐鬼を量産することの手助けをしてはならないと思います。
日弁連の提言には犯罪被害者の直接的なケアなどやるべきことはまだまだたくさんあると言うことが盛り込まれています。
そういうことをすっ飛ばしてわかりやすい時効廃止といううたい文句に飛びつく素人たちの代表者と言うものは社会ヒステリーの代表者にしか見えません。非情なことをいってしまえば高々数人の死人のためにこの国を治安維持法の亡霊どもが跳梁跋扈していた時代に戻すことは決して許されないことなのです。

確かに被害者に同情を示すことは美しいことでしょう。しかし、推理小説よろしく加害者をつるし上げることは決して美しいことではありません。そういう原始的なヒューマニズム的な刑法の時代などとうの昔に終わっており、現代の刑法は人を裁く力というものが本来凶器でありそれを必要悪的に利用するものだと言う方向に進んでいるのです。

たとえばあなたが60歳あたりに差し掛かり突然逮捕されあなたは40年前の今日天神で人を殺したと言う罪状を突きつけられたとします。どう反論しますか?20台の九州の人間で天神あたりにいったことのない人なんていうのはあまりいないと思います。やっていないことを証明することは悪魔の証明と言われるようにほぼ不可能です。刑事システムと言う凶器を規律する100パーセントの立証がなければ罪は問われないという疑わしきは罰せずという基本ルールも崩壊しかけていると言う現状ではほぼ起訴されれば有罪は確実です。
自分は清廉潔白だから罪に問われることはないと思うかも知れませんが、社会ヒステリーの中ではただそこにいたからと言う理由だけでスケープゴートになるのです。
白紙調書や冤罪と言う話を聞いたことはないでしょうか。身近に書かされそうになった人がいるので案外その辺に転がっている問題なのかもしれませんね。


民意に沿うということは大変結構ですが、それは民主国家としての理性をかなぐり捨ててまで実現すべきものだったのでしょうか。ある程度超えてはならない一線の中で民主的に国家を運営していくことが国民主権であり、人の意志の赴くまま何をやってもいいと言うのは人民民主主義という政治体制です。
またこういうヒステリー化の主導権が行使されることで先に時効問題について理性的な反対をしたような知識人層が虐殺されたような事件はすでにカンボジアで起こっています。

どうにも私には素人判断で今までスペシャリストが確立してきた実績を平気で投げ捨ててしまうような社会の流れが恐怖を喚起するものに見えて仕方がありません。
豊田のリコールの問題に関しても初期にはアメリカ製の部品が悪いと言い張っていましたよね。それがいきなりABSの設定ミスと言うことになり、たとえ無償で対処するにしても同じような問題隠しがまた行われるかもしれないと言う不振を煽るには十二分の問題のなのかもしれません。あれは平時であっても致命的な問題であったはずです。リスクマネジメント能力のなさが露呈したこと自体は間違った指摘ではなかったでしょう。
また外国人選挙権の話にしてもなぜか憲法15条がらみの判例しか引用されていませんが、基本的人権の部類に属する判例に日本国民固有の権利を永住外国人に譲ることは出来ないとする判例も多くあります。あれは単に15条だけの問題ではないと私は思います。そもそも世界の潮流と言うのもおかしな話で、移民流民を受け入れることで社会がおかしくなると言うことは多くのところでおこったことですけれどもね。国家レベルではなく私設団体の行動がなぜか世界の潮流に祭り上げられるこの不思議。



今まで誰もやらなかったことと言うのはたいていの場合禁忌とするに値するデメリットゆえに禁忌とされているものです。そういう禁忌を知るスペシャリストの言葉を無視して、新聞やテレビなんかを見た程度で知った風にものを語って、その実利用されてるだけの人のほうが危険と言えば危険ですが現に票という権力を持っているのはそういう人たちなのです。
そういう素人さんたちは時効問題や外国人参政権の問題やネット規制の理屈が中国当局と同じこといっていることがどれだけ危険で自分の首を絞めているのかご理解いただきたいと、そう思いました。

これは体感治安と言う問題なのですが、今の日本ほど平和な国というのはありませんよ。恐怖感を煽るぼんくらどもがいるために世の中が物騒に思えるだけです。
盗んだバイクで走り出すような若者が多かった昔に比べ今は安穏としたものです。
景気が悪いのはまお~さまのせいではなく、単に日本人の想像力が不足しているからだと思いますし。

何を言いたいのかというと、今の世の中そんなに悪いもんではないと言うことです。
さまざまな問題も、その問題に見合った規模の適切な対処の積み重ねこそが重要なのだと思います。
そういう地道な努力を汗だくになりながら繰り返しているスペシャリストさんたちには素人権力者に負けないで欲しいと思います。児島惟謙のような人が今の世に出てきても今の新聞やメディアは全力で叩くかも知れませんがそれでも負けずにいて欲しいと思います。
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新ヒロイン竹中半兵衛14歳

とうとう来たか。





しかし、年齢的には準ヒロイン格なんだろうか。
炉李率が異様に高かったと言うか、ヒロインクラスをあまり登場させすぎると話のバランスが取れなくなってしまうから、この先炉李やお姉さんではない対等ヒロインって何人くらい出てくるんだろう。

ところで蒼海ガールズが打ち切り?という話が持ち上がっているらしいのですが、どうなんだろう?
蒼海は面白かったものの一冊書き上げるに際して必要とされるであろう労力やGAマガジンで少々はっちゃけすぎたというところでシリーズを続けるのは難しい状況になってしまったんではないんでしょうかね。
方向性的に単なるネタモノになってしまう前の防止策なのか、はたまた仕切りなおしのためのいったん完結なのか。それをどの部分が決断したのかはわかりませんが作者さんにとってよい方向に転がることを願うばかりです。

昨日の与太話にも関係する話ですが万人受けするとかすべてを解決する答えみたいなものと言うのは抽象的にはありえるものなのですが具体的な事例には当てはまらないものなのです。
身近にいませんでしょうか、売れる要件や理想論をのたまうばかりで具体的にんじゃ何するのよ、と問いかけても延々と条件や理想論を叫んで自分に迎合しないとお前は崇高な理念に逆らう気か!とか言い出すあれです。この前新聞でも少し話題になったあれです。なんのかんの言って最終的にインテル純正とか言い出すあれです。リソースを考えろ。そして具体的に取れる行動を考えろ!
どんとふぃ~る!しんく!!!!!!



そういう具体的な解決策としてどのような手を打つのかを私のような凡才は必死になって考えているのですが、そういう抽象論をのたまうだけでまったく何もしないようなってか三日不在で持ってきた解決策ががんばるって何ですか?中学生でももっとましなもん持ってきますよ。まったく・・・

失礼しました。



とりあえずのところ現状の蒼海を続けることは前途有望な作者さんの経歴に変なしみをつけるような格好になりそうだなぁ、とは思います。いろんな意味で。それに加えてらじエレも読んでみた限りでは長編にはどうも弱そうな雰囲気がありますのでねたの多さを多方面作戦に投入したほうがいいのかもしれません。





話がそれましたが信奈の話。
擬人化の話では車椅子に乗った立花道雪が一番好きなんですが、そういう遠方の武将や歴女受けしそうな戦国後期武将たちはあまり出てきそうにないなぁ。
ですがそういうすでに流行りきった戦国ものとは違うこてこて世界での戦国ロマンを魅せてくれ!!!!と言う意味で期待が持てそうです。なんというかおっぱい要員が増えるんですかね?
天音さんの方もそうですが実力のある絵師さんがついているのでおせっかいな心配など無用ですが、ライトノベルって事前情報がないわりに本屋にもたくさん入るわけではないので潜在的な購買層ってのがけっこういるんじゃないかなぁとおもいますがどうなんでしょう、ある意味売り方で損をしているようなものもありますのでこっちまで変なことにならないでほしいなぁと思います。
ところでいまだ登場せざるお色気お姉さんキャラに足利義昭あるいは松永久秀あたりをなにとぞすえていただききたく候。もしくは関西弁ヒロインを獲得すべく早急に西進するのが上策かと。黒田如水はきっと小悪魔系天才少女!ところで兵庫に入ると関西弁も少しかわいくなるってほんとですか?
ふと思いついた、不意打ちにルイス=フロイスが使える!!!!もしかしたら褐色肌ヒロインも可能かも!!!!!!


しつれいしましら

信奈の趣味を唯一理解してくれる大内さんとの文通とかいう可能性も考えたんですが年代的に無理か、厳島合戦が1555年なんですよね。

こういうヒロインの魅力とは別として戦国時代の魅力の一つにはその時代に登場した文化的な芸術品群がああります。
大河ドラマ秀吉のオープニングではきらびやかな金細工や甲冑の向こうに茶器の絵を覗かせるというかっこよすぎる演出がありましたがこの時代ほどこういう文化的な流入が目立った時代はそうはないでしょう。明治時代は確かに文化の変革期ではあったものの文明も一緒に入ってきたと言う点では質が異なるんですよね。イデオロギー的なものも強すぎたのかもしれませんが、たとえばワインを飲むのにびいどろのグラスと陶器とどっちがいい?ていどの差でしかないようなそのどちらかを選ぶのはその文化を纏う本人のセンスであった時代なのです。ですので日本で最初のウェディングドレスを着る信奈のイラストなどを南蛮寺のステンドグラスの光で飾るようなエピソードも絵になるなぁと思います。
そのほか茜色にそまる金の置時計なんかもいいですね。

変なこと言ってよそ様に迷惑かけるようなのもあれですが絵師さんのレベルが高いのでそのよさを存分に使い切って欲しいような気がします。能力上限はまだまだこんなものではないでしょう。

このほか2月のGAは結構面白そうなものが出始めているんですがなんとなく、売れるシリーズを作り上げると言うよりもとにかく単発を数売ってるような印象を受けます。なんとなく中堅が育ちにくいんじゃないかなぁともおもいます。が、何にせよ信奈の野望にだけはなんとしてでも続いてほしいと思います。


もしよろしかったらこのあともしくは信奈の紹介記事の時にでも天草の崎津協会と長崎の黒崎協会の写真をアップしますので物語を楽しんだあとにでも見てみてください。
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九州独立戦記、ブラックモンブランこそ九州北部民の誇り、被害報告、MLH4663一つ死亡

髪をアップにまとめている妹がさ、グレーのセーターワンピースのすそからすらっと伸びた黒ストを纏った足を組んでいるわけですが、なんと言うか穿いてないように見えてとてもエロいんですよね。
個人的に裸ワイシャツよりもお姉さんタイプの人の裸セーターのほうが好きなので目のやり場に困っていたりします。

あしたルパンの日なのか。

ところ変わってとうとう県民ショーでブラックモンブランでたか。


何の話だっけ?


現状でイヤホン環境にはあまり不満はなく汎用環境としてならImage X5(シングルフランジS)でたいていのことが事足りてしまうので音質に関してどうのこうのいうつもりはなかったのですが、久しぶりにオペアンプの交換をしてみました。
結果的にやっぱりADA4841単発(ダミーバッファー)と言う形に落ち着いてしまいました。
構成的にバッファをAD8397×2に固定して初段のみの変更をしてみたんですがやはり改変の強すぎる音は駄目ですね。特にSB-RX70と比較されるようになってくると相対的にあらが目立ってしまいます。そういうバランスは崩れるものの結果的にADA4841かMLH4663かと言うことになったのですが派手さならMLH4663描写能力ならADA4841と言うところなんですがまあそれでも単発の方がよかったりしました。このとき使用したのはX10。

まあ音質だけならこれでいっかとは思うのですがなんとなく外出ついでにヘッドホンを見に行ったしだいです。

ところで今日は建国記念の日と言うことで憲法記念日ではないのですが六法の憲法部分を読んでいると昔の判例に第一次国会乱闘事件と言うのがあり、なに?第一次?と読み進めていると第二次が出てきました。
方向性はどうあれ昔は情熱的にやっていたんですね。
ここで豆知識なのですが六法と言うとかなり攻撃力の高そうな書物を思い浮かべることかと思いますが古い六法と言うのはものすごく薄いのです。なぜかと言うと現在の世の中と言うのは何から何まで法律で縛らねばならないというある種の病的な行動の末に、何から何まで国権の最高機関の意思によってデザインされることこそが世界の成り立ちだとか言う世界になってしまっているからです。
そのうちベッドの中まで規制されることになるのでしょうね。行くところまで行った法体系というのは宗教となんら変わらないような気がします。

ここで変な話に飛びますが美味いラーメンってどんなんでしょう。
こってりしている?塩が聞いている?しょうゆが効いている?
そういう感覚でどばどば調味料を入れていって作り上げたゲテモノを人に出して許されるのは美少女だけです。うん、甘いお菓子に塩を入れて甘さを引き立たせると言うのはあるけれどさ、塩味にするって意味じゃないんですよ、ゆーあんだーすたん?

つまるところあくまでそういう要素というものは部分であって、その部分を極端に肥大化させていけばいい結果になると言うものではないと言うことなのです。時々ひどいラーメンがありますがたいていの場合油まみれだったり、塩味が効きすぎていたり、すっぺっく表を見ればなんでこのラーメンがまずいの?スペック上最高なのに、というのがあるんでしょうけれどもまずいもんはまずいんです。

バランスです(CV一条)と言うことも可能なのですが結局のところスペック票というのはあくまで一部を抜き出した指標であり、そのものと言うわけではないのです。客観的に優れていることこそがいいことだというのは簡単なのですが、その客観的というのも間主観というみんなが言いといっているけれども本当にいいのかわからないと言う状況で、本当のよさが評価されずにいる社会というのも寂しいものです。
128円のカップめんが64円で買えるというデフレの話をよく聞きますが、その二つは本当に同じ味なのでしょうか。
64円の味に慣れてしまった人たちはおいしいラーメンを食べに行くために500円を払うのでしょうか。払うとしたらその動機は?味そのものではなく、評判や客観的な油の量や面の太さにお金を払うのでしょうか?
サービス業を軽視しすぎた日本社会という記事を読んだことがありますが、その世界と言うのは油やなんかにお金を払う世界なのかもしれませんね。そういう市場ではいいものは売れないんじゃないかなとも思います。



まあ、みんながみんなそういういいものだけを追って動く社会と言うのは難しいもんです。
けれど、昔お客さんと話してると今まで少し高めのものを買っていたけれどたまたまそれが品切れしていてほかのものを買ってか帰ったけれどやっぱりなんかおかしいという人もいましたし、知らず知らずのうちにいいものって言うのは浸透してはいたんでしょうね。
しかし、それは買う側の話し得あり提供側のプロが物のよさを客観的な数値によってしか判断できない状況と言うのも最悪の状況ですが、なんでABSのテストした人は指摘しなかったんだろう。スペック票にはのってないかもしれないけれどブレーキ踏めばわかることだったんじゃなかろうか。もしくはそういう発言が出来ん会社だったのかもしれませんけれどね。





と言う変な前振りはさておき今回のお題は見た目で選ぶヘッドホンです。

高音がどれだけ出るだとか言うのはどうでもよく、音質に関しても自分で聞いてみるほかない。
そういう性能要求はさておき形で選ぶと言うのも一つの手です。バージンウール百パーのスーツでもデザインがダサければ誰も買いません。

今回すごくいいなぁと思ったのがこれ。

MDR-570LP/D



いやこれはかっこよかった。オレンジと言うことなんですが赤銅色のK501のようなデザインです。小さめで密閉型ですが。

リンクたどったらこれもよさそうだなぁ


もう一つよさそうだったのがこれ。無難と言う意味ですが。

手元がごちゃごちゃするのが嫌いなので買うことはないでしょうけれど、デザインだけで選ぶなら選択肢はいろいろですね。
PC上ではあまりいいものには見えませんが実際にものを見てみると言いも乗って結構ありますね。

なんだかんだで国内メーカーもいいもの出してたりするんですよね。意図的なマーケティングは根本的な数値主義や万能属性主義に走っているような気がしますが数打てることこそが大手の強みかもしれません。


しかし、一方で質実剛健と言う意味ではブラックモンブランのような地域覇者こそがこれからのクオリティリーダーになってくるのかもしれません。
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長崎の黒崎教会と天草の崎津教会

去年の写真ですがお蔵だし。
織田信奈の野望関連にと思ったんですが実際には明治以降の建物なんですよね。
中州にもそういうのがありますがそことは違う格調高き生きた建物なのです。

下手な写真の腕についてはご容赦ください。



●黒崎教会
黒崎教会その一黒崎教会そのニ



はじめに行ったときは残念ながら閉まったあとでしたが、夕方ならではの雰囲気のいい姿を目にすることが出来ました。


黒崎教会入り口から見た景色

玄関?の靴箱の前から見た風景なのですが遠くに東シナ海が見えます。
上部に細かく線が見えますがそれは鳥よけのネットでしょうね。

さて、内部です。

黒崎協会内部 入り口のドアにはめ込まれたステンドグラス

ステンドグラスと言うと豪奢な飾りのようなイメージがあるかもしれませんが、こういったさりげないところに垣間見えるおしゃれもいいもんですね。




黒崎協会入り口

入り口の周辺にはチラシがあり、右手はおそらく懺悔室。雰囲気を壊さずにこういう風景を巧くとりたいなぁ。



黒崎協会パイプオルガン
パイプオルガンです。なんとなくですが私が通っていた幼稚園は古い木造で建材の質感などは似ていたものの何か違うんですよね。その筆頭が音の響きだったように思います。パンと手を叩くと音の粒が最後の一つまで聞こえるような空間でした。




黒崎協会内部

ステンドグラスを通って差し込む自然光がとても美しいのです。一つ一つも美しいのですが、影絵で表現される宝石をばら撒いたような色とりどりな光の散らばり方がとても幻想的でした。

WS000025.jpg
正面に見えるキリスト像の足跡のように、エナメルのような光の点が暗がりを穿っています。

WS000093.jpg
光の中。机の中には楽譜が収められています。





黒崎協会 通路
サムネイルは400くらいがちょうどいいのかもしれません。
きちんと見通せるような写真を撮る人はいてもこのような雰囲気を再現しようとして失敗した写真を乗せるやつも珍しいでしょう。
iPadクラスの再現性があれば写真のチェックも楽になるんでしょうね。
IPSでXGAが時代が進めばもっと解像度は高くのなるのでしょうか?



黒崎協会 蛍光灯など必要ない
暗闇に浮かぶステンドグラス。
人の目にはこうは見えないんですよね。


ちなみにアプローチの方法は長崎市内から国道202号線を北上するのが最もメジャーでしょうが、夕方あたりですと202号線南下経路を個人的にはお勧めします。

ところでハウステンボスの存続が決まったそうです。


ひとまずここで休憩。
崎津教会編へ続く。
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長崎の黒崎教会と天草の崎津教会 その2

一ノ谷兜って言うのは黒い板を頭の上に立たせた兜だったよなぁとおもいました。
水牛兜とは交換したという逸話が残っています。



さて昨晩の黒埼教会に続きこんばんは天草の崎津教会の写真です。
崎津教会は黒崎教会とはまったく趣の違う建物ですが、特に珍しいのが小さな町にたたずむ教会という趣だと思います。


●崎津教会付近の風景
崎津教会町全景
複雑に入り組んだ入り江の中の本当に貴重な猫の額ほどの土地をいっぱいいっぱいに使った小さな町があります。
ちなみにこの写真は町の裏手にある山の上にある神社へ続く階段から撮影したものになります。ちなみにその神社のある山頂には展望台と大きな木組みの十字架があります。

崎津教会裏の神社
階段を降りたところ。
駐車スペースなどないに等しいです。
ちなみに右手の民家の門には狛犬ならぬマリア像のようなものがあり左手の民家には手押し式のポンプがあります。


崎津協会前の町並み
横断歩道を渡ったところだったと思います。

崎津協会前の町並みこれは入り江から入っていったほう
突き当たりは小さな船着場のような感じになっています。


崎津教会
少し引き返したところに教会があります。
ちなみに中はたたみにパイプ椅子という素敵空間。

とても静かなのに不思議と寂しさを感じさせない町でした。



●そのほか
サンタクロースの基地
まお~さまの居城ではありません。
サンタクロースの基地です。
これも天草の風景。九電の火力発電所です。


原城から 光学十倍ならここまでいける!
これは島原半島の原城跡から。
光学十倍ならここまで出来ます。




●長崎市内
天主堂
有名な天主堂。
ここはもう観光地ですね。

グラバー亭周辺の坂その一
坂の町長崎。基本的にグラバー邸周辺です。

グラバー亭周辺の坂そのニjpg
坂。そのに。


副砂屋
カステラ屋さん。
中ではカステラを販売しています。内装も素敵です。

長崎市丸山町交番1
なんと、これ交番です。



●雲仙
地元民には結構有名だった 今では人多すぎ
昔は隠れ家的な温泉だったのに今では人多すぎ。
お湯は乳白色で少しねっとり。
皮膚に何か問題がある人にはお勧めの温泉。私のような死にかけがいうんだから間違いなし!


つつじ
雲仙のつつじ。
温泉地でよく育つものです。




最近、龍馬人気で長崎市内がピックアップされることが多いですが長崎県内は結構見所がありうろつくにはいい県です。天草は熊本県ですがあの変の文化圏は観光地としてはなかなかに魅力的なのですがいかんせん導線が細すぎはしないかとも思います。
ハウステンボスの延命決定と言うことなのですが債権の鍵を握るのは施設の集客力も大事ですがどのように人を動かすかにかかっているかと思います。

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切り捨てた夢は、失った夢は、誰とも共有できなかった想いは―いつしかその者の心の中で形を変えて、紅蓮に燃える野望となる<織田信奈の野望2>




義や忠や孝といった感情や信念や情熱のすべてをその中に宿し、しかももっと激しくまぶしいもの。


今度こそ。
ああ。
大切なものを、この人に奪われた。
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歴史小説 | コメント:0 | トラックバック:0 |

狙いはいつもそう、私ばかり/ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート




狙いはいつもそう、私ばかり

千回死んでめぐりあうチャンスもあるの

お前が十を奪うなら私は百の命をもって

何度でも殺したらいい 何度でも蘇るから

作中歌<イケニエビト>より





作品のイメージだけで言えば昔の六番目の小夜子のようなライトノベルと言うよりもティーンノベルあたりの物に近い。ある意味現代のラノベの源流に近い作品なのかもしれない。
単純に分類するなら天才テレビ君の中でやってたドラマのような感じかあるいはNHKの夕方六時あたりからやっていたようなドラマ。つまるところ青春ものをベースにホラーをやっているようなものでしょう。違うな、青春くさいロックか?

作中の雰囲気はロックを意図したのかもしれませんが個人的には赤黒い霜月はるかのような印象を受けました。

これはふたりぼっちの一巻めでも思ったんですが作品以外の売り方か何かが無理に電撃のまねをしようとしていろんなところでのミスマッチを出してしまっているようでなりません。フォローを入れると二人ぼっちの二巻め以降やアストロノト、ISのようにナイスアシストが得られる場合がありますが根本的に売り方が下手ですねMFJは。外側を見てその中身をイメージできないものが多すぎるようなきがします。

比較で言うとこの広い世界でふたりぼっち一巻めのような不純物が入っているような印象のないすがすがしさがあります。・・・が、なんとなくシュール。

現代のライトノベルの外側から見たライトノベルを書いている人の作品の作者さんが形式主義に陥らないうちに書いたようなレベルのものだと私は思います。
そういうタイピカルな退廃的な雰囲気と言うのは個人的に嫌悪感を催す私ですがそういう人の意志を伴わない方面に突っ込んでしまう前に学校の階段(映画)のような素朴なノスタルジー世界にハンドル切って衝突したような、なんとなく危うさの漂う作品です。

そういう退廃系が好きな人あるいはそういうのにふれたことのないきれいな人にとっては猛毒かもしれませんね。私はそういう属性を持っていないので属性攻撃はききませんでしたが。


本一冊で終わらせているものだと言えばかなりの上位作品であるとは思います。


ところで私には音楽的な知識と言うのはまったくないのでおそらくその本当のよさがわからないと言う前提で書いていますのであしからず。

本作の主題と言うのはひたむきな夢のような、そこまで大それたものではありませんが中二病患者が具体的に自分の出来ることを見つけることから始まる物語であると私は読みました。指切りやギターのピックを握るようなそういう小さなことから始まった自分の限界への挑戦のような感じですか?

確かに面白いことは面白いのですがなんだろう?

よくわからない。


技量もあるし、けれど何かが足りない。


ストーリー概要を私に求めてはいけません。無理です。私の筆致では無理です。

けれど具具って出てくる黒いページの人の解説が一番のような気がしました。
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シューにゃんの花嫁姿について



もう何も語るまい。
http://ec3.images-amazon.com/images/I/51o6XnY0McL._SS500_.jpg



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