暫定ブロードキャスティング

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広げた地図の上、痩せた指で

黒崎教会にて

ようやく帰ってきた。
昨日の6時に自宅に到着。

下道というか県道とか三百番台の国道とかを通っていたので渋滞に巻き込まれるということはほとんどありませんでした。

走行距離は車を返しに行くときに1200kmになりました。
ずいぶん走ったね。

今回お借りしたホンダのゼストは燃費では平均15、6km/lくらい調子のいいときには18くらいは走ってくれました。
日中はもとより夜間もずっと運転していたので走行時間は一日10時間以上だと思います。

無茶するなぁとか思いますが常時カーステレオでカラオケ状態だったので士気は下がることはありませんでした。ドラマCDやラジオCDは重宝しました。

それで今回の目的なんですが観光が目的といえばその通りなんですがいろんな地域事情を見ることが目的でした。
ただひたすらに突っ走っただけでしたがそれでも街の雰囲気が休憩を促すようなところや隠れたいい店なんか・・・というよりもメジャーな観光スポットではありませんが地元というか仲間内では結構有名なところを個人的に無理やり回ったようなもんですね。
おかげで考え方が大きく修正されたような気がします。

備忘録としていろいろと書いていこうと思います。

それで今回の装備はnanoに直でImagex10です。
正直これで必要十分です。
エージング効果なのかもしれませんがこれはこれで細やかな表現もできるうえに力感も十分、音像がやや弱い気もしますがこのモバイリティを考えた音質では一番いいもののように感じました。

少しだれてきたときにはD10環境で一喝。なかなかに役に立ちますね。




あまり土地の名物とかを食べまくったということではないのですが九州の三ツ星というもののご紹介です。

ミシュランの三ツ星というとものすごくうまいものというイメージなのですがそれがどれくらいのうまさなのかというとその三ツ星レストランの食事のためだけにその国を訪れる価値のあるというレベルのようです。

九州の三ツ星というとそのためだけに九州を訪れる価値があるというものになります。

それではその九州の三ツ星についてのご紹介。




●国道202号線

まあ、その、すでに施設ですらありません。私のことですからね、常識を求めるほうが間違っています。

通常長崎市を目指す場合には大村湾に沿って南下するのが普通なのですがこのたびは聖地巡礼をいうある種の奇行も含めての行動ですので東シナ海を通っていきました。

こういう観光シーズンでは最短距離をとろうとすると必ずといっていいほどつまりますので多少遠回りをしてでも渋滞なく進めるほうがいいと判断いたしました。

渋滞ありの100kmよりも渋滞のない130kmのほうがいろいろといい気がします。

この国道のすばらしいところはなんと言っても景色などの雰囲気です。

具体的に三ツ星をつけたいと思うのは南下路で西海市に入ってからです。

西海市に入った直後の橋では、まっすぐと西に伸びる河口の中に夕日が溶けていく姿に心を奪われます。

この西海橋が・・・と思ってgoogleマップで調べてみたんですけれどもこれ西海橋じゃない。
もう少し小さくて橋に乗る直前に西海市という看板が立っていました。
どこの橋?

とまあこういう地図にも載らないような小さな名所が存在しているわけです。
ちなみにこの橋は小さくてしばら走っても休憩スペースなどはないようなところです。
探してみるのも面白いかもしれません。

ここから始まる東シナ海のどこまでも続く金色の海。
夕方ということもありまだ明るさは残っているものの次第に小さな島や路肩の植物が夜の黒を纏いつつあります。

特に美しいと思ったのは雪浦以降の道になります。
この辺になるとドライブする人の事も考えているのか路肩にスペースが多くとってありました。


そしてこれらがある種の自然の美しさであるのに対して人工物の美しさを見せ付けるものに遭遇します。

墓地です。
断崖絶壁は一面の墓地。
マリア像か何かの人型を中心として多くの十字架と墓石とが夕日を拝しています。

ずっと自然の中を走ってきて現れるその威容にはある種の生命を感じます。
死者は必ずしも冷たい土の中に横たわっているわけではなく、暖かな土の中で生者の代わりに一日の終わりの祈りを捧げていることもあるのです。

これは反則ですね。

このすぐ先にある黒崎教会が今回の目的地。

残念ながら到着した時間が少し遅かったということもあり中には入れませんでしたが。翌日、また夕方に訪れて中に入ることができました。

写真については居合わせたおじさんに許可を求めてから撮っています。

後でアップしますが、冒頭の写真を撮ったのはステンドグラスを通した自然光の中でです。

蛍光灯をつけることができたのですが、そんなものは必要ありません。
太陽の光だけで十分な美しさを保っています。

またこの中では本当によく音が通ります。
声や物音、最後の一粒までが消えていく様がありありと感じ取れます。

ミサの時には香をたくと聞いていますし五感すべてに訴えかけるような計算がされつくされた建物なのかもしれません。

しかもこの建物は現在も使われている現役の教会でありご町内のお掃除当番表らしきものまでありました。

決して観光地化しきってはいない生活の中の気高さが一つ一つの備品の中にあふれています。
見たところぼろぼろになっている聖書や楽譜はありませんでした。

古い学校にあるような質感の木で作った机といすが並んでおりその一席ごとに楽譜などのファイルが収められています。

そんな中でとったのが冒頭の一枚。


このほか書くべきことは山のようにあるとは思いますがとりあえずはここまで。
一時間以上一人で建物の雰囲気に浸っていましたが、外に出てからもまた美しい。

海というよりも山が目立つ風景なのですが、鳥がものすごく近い位置で飛び交っています。
また、入り口の高い位置には緑色のよく目にするネットが張ってあり鳥が建物の中に入るのを防いでいるそうです。

観光地化するとこのような見栄えの悪いネットは取り払われてしまうのかもしれませんが、そんなことをしなくてもいいくらいにこのあたりの土地は飢えてはいないようです。

もしかしたら軒先にはツバメの巣があったりするのかもしれません。

観光地ではありませんので案内板などはありません。訪れる際にはお気をつけください。
それと生活空間にお邪魔するわけですから決して大勢で押しかけて礼を失するような真似はくれぐれもおつつしみくださいませ。
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まともに撮れているのがほとんどないという罠。

初心者向けのものを買うべきだったか。
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もはや記憶もあいまいで

もう先週のことになってしまうのですが、というかすでに12日ということで五月ももう半ばということなのですが・・・何も進んでいません。

今までいろいろなものを放置していたということにようやく気づくことができました。

こういうものたちの中で優先しておくべきものは何か?
そう考えると始めに手をつけたいのは後々自分の味方になってくれるものを増やすというものですね。

これは初期投資とか先行投資とも言い換えられますけれどもとりあえず将来を見据えてどんな状況でも自分の力になってくれるものを見つけたい。

というわけで暇な時はずっと部屋の片づけをしているわけです。

捨てるものは捨てなければなりません。
このように考えるとDVDに焼いた昔の番組なんかは今にして思えば圧縮してそのままHDDに容れときゃよかったと思うわけです。
DVDも枚数が増えるとまじぱねぇ状態になってきます。
えっとね、五百枚くらいあるんだ・・・

実際にはもっとあります。
これを少しいいケースなんかに入れているもんだからとんでもない状態なんですよね。DVDだけで部屋の一角が占領されているという。

このような状態が将来的にはひとつのメモリーに入れ込んでしまえる時代というものはもうすぐそこまで来ているのでしょうけれども、というよりもやりようによっては旅の思い出をすべてHDDのなかに入れておける時代ではあるのでしょう。

それでもやはり形あるものにこだわりたがるのが人の佐賀。

データ化もいいことはいいのですがそれがデータベース化されていない状態でただ乱雑にというかたちの悪い図書館みたいにそもそも論の分類がなされている場合には役に立ちません。

長崎旅行、とかいうフォルダを設立してそこの中に記憶のすべてを集積するほうがいいものと思われます。確かフランスの法律ではこのような編纂の仕方をしているそうです。

一方で日本の法律なんかでは定義ごとに法律を整理してあります。
旅行フォルダというものはなく写真というフォルダのなかに写真だけが隔離して収められています。
納められているだけならばいいんですけれどもこの中で項目わけされていないとちょっと引きます。

日本のような編纂の仕方をする場合にはそのばらばらになった情報の管制する作業が必要になってきます。
このような部分は人の中に要求されるのです。
かといってこのようなスキルを初学者に求めることはできません。
法律を学習する際に必要なのはそれを運用する経緯を想定することなのです。

つまるところ意味によって情報を管制する必要があるのに、その意味を教えるという初歩的なものが意識されていないということが問題なのです。

これは理解するうえでの問題で、これを法律関係の文書として記述するのは別の問題です。私は記述のほうがだめだめです。こんな文章書くようなやつですからね。

というわけで情報を整理するためにはそれを引き出すときのことを考えて保存しておかなければなりません。

このように考えるとブログというものはいいものですね。
文章もかけるし写真も載せることができます。
今まででは少し難しかった編集作業やそれの保存という手続きが簡単に行われているのです。

どのくらい邯鄲なのかというとじいちゃんばあちゃんでもやろうと思えばできるくらいにです。
顧客の母集団を多くとろうとする場合には機能を多くするよりも簡略化するほうが有効というよい例だと思います。


それでは本題です。
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光の足跡(黒崎教会)

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妨害工作

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OP

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何らかの違和感

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坂坂

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津崎教会のUMA

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おしゃかな


なんかいろいろとぼろが出てき始めたので今日はこれまで。
今回宿らしい宿にとまることがなかったので日時の感覚があまりない。
大切ですよね、食事とか寝床とか。

こういうものがなくなるともはや人として扱われないような世界が待っています。
国民一人一人に背番号をつけるという某制度はこのようなイレギュラーになったとしてもある程度のセーフティーネットを繋げることによって革新的な制度となる可能性があったと思うのですがこれは私の妄想です。

善意とはすばらしいものですがそれに期待できるのは極少数の規模と質でしかありません。
そう思った今回の旅。

つまるところ正攻法に勝るものはないということです。
正攻法を構築せずに絡め手に兵力を集中することが兵法だとしている不思議な国があるようです。




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