暫定ブロードキャスティング

近況: 農業高校ラブコメ 「のうりん」(GA文庫 ライトノベル) は8月12日からきっと大絶賛発売中!!! ちょっと何かに似てるかもしれないけど気にするな!意識してるだけだ!!

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眼帯デビュー

見た目のことには拘らない私です。
普段というか一年中通してワイシャツだったりします。
スラックスもツーパンツスーツの着まわしだったりします。
ぶっちゃけ私服ってあんまり持ってません。
ジャケットとかでごまかしているんです。

昔は見た目に死ぬほど拘ってる人を見たりしてそんなことで死にゃあせんとか言っている教師やらおとなども同様そんなに拘るほどのもの?というふうに嫌悪感を出すまではないにしても距離はとるタイプでした。

そんな私ですがさすがに片目が異様に腫れる段階にいたっては見た目に拘りましたね。

日本語って言うのは難しいんだかとにかく見た目を気にするというものの度合いの表現が一言では言い表せないんですよね。昔だったら容儀を正すとかいうんかな?英語だとフォーマルに、こざっぱり、ちょっとパンクにとかいろいろな見た目の拘り方にそれぞれ単語が割り振られていたような気がします。これは辞書に載っているものから若者ことばまで、つまりは文化全体としていろいろな見た目への拘り方が身の回りにあふれているわけです。もうほとんど覚えていないんですがそんな感じの発表をした覚えがあります。

そんでもって今時分が生きている日本・・・というといいすぎですかね。
見た目を気にするという言葉はブランド物とかで着飾って自分を覆い隠してしまうようなぼてぼてのファッションの持ち主かお宅のようにただ切れてればいいや地売れベルのオールオアナッシング。この二つの意味合いしか念頭に置かれていないような気がします。
あいまいな・・・とか言っているくせに埠頭に分割です。

見た目を気にする文化・・・そういうものを認めないという文化がどこかに潜んでいる気がします。


今度新入社員が入ってくるんでその受け入れrのお手伝いと課するかもしれないんですがもしも茶髪にピアスの変なファッションしてきた奴が着たらどうしようかなとか考えるわけです。この目dで。

公式の場では公式の格好をするという程度の教育はしてもらったことはなかったなあと顔も五つTpo云々言ってもそもそも見た目に拘るということがブランド物を身に付けるというふうにしか認識できない教育現場で育った相手には通じないと思ったのでそのほかの説得の方法を考えて見ます。

お前はその格好で面接受けたのか?損で受かったのか?

という言葉を思いつきました。

個性だ何だといってる割には肝心のところで黒髪ですか?根性なし。

という意味合いです。
けれど多分こういう皮肉は経験城通じなかったので他の手を考える。

君の学校は?これから抗議の電話を掛けようと思うんだが、こんなチンピラをよくも紹介してくれやがったなってね。
それから、君の配属先にもあらかじめお詫びを入れなきゃならないんだが、お前のような空気を読めない奴を送り込むことになって申し訳ありません、もしくは今年度の人員補充はなしです。というふうに。

おまえの行動はいろいろな人に迷惑を掛けているわけだがそれでもまだその格好で居座る積もりかね。


多分言いきりませんねこんな長い台詞。誰にも迷惑掛けてね絵だろとか言う不思議な言葉を先んじてつぶしにかかってみました。


片目になってようやくわかる人の気持ち。少しすれば晴れが引くとか言う安心感があるからこういう記事書いていられるんですけど病とか怪我とかで傷おって締まった人とかの気持ち考えると重いですね。

右目がこの状態だと外にも出られません精神的な意味で。
そんなわけで眼帯を買ってきました。
眼帯の上から眼鏡です。

風邪の菌が耳とか目に進入して今回の腫れが引き起こされているそうです。
物貰い?
聴くの忘れました。
というわけで新シャッフルの調査は来週以降にお預けです。

何でこんなときにこんな病が・・・

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衝動買いという病

今日一日でhi-fiman買えてしまうくらいお金をつかっちゃった、てへっ!





黒の時計.
これほしいと思った。

とまあこんなものばかりを買っていたわけではありません。
今日はコンタクトレンズを新調してきました。

まさに新調。

以前作ったところはあまりよくなかったのかそれとも選んだレンズが悪かったのか知りませんがクリアーな視界は確保できていたものの目に対する負担がものすごく、エッジが角膜とかまぶた裏の粘液とか触れるものみな傷つけているような気がしないでもなかったのですが、今回はもっとソフトタッチなものを買ってみました。

http://www.eyecity.jp/product/toray-nature.html
TORYのナチュレハードというものです。

値段が確か片方16,800円で決して高いものではないのですが目に直接つけるものですから贅沢を言うべきだと思いました。
これだけで三万円越え~

もともと使っていたのはこれまた売れ筋と紹介されていた隣の15800円のものだったのですがこちらは目の周辺のエッジをできるだけ薄くして軽量化を図ったモデルでした。

以前のモデルでは確かに使ってみた感じはかなり遠くまでクリアーに何も通していないかのような視界が確保されていたのですがやはりつけ心地に何がありました。私のように粘膜が弱かったり渇き気味の体をしている場合にはそういった装着間の軽さをもたらしたエッジの軽量化は帰ってとげとなってしまっていたようです。

そして今回のナチュレハードにしてみたのは価格帯的にこれが一番妥当なんじゃないかなと思えたということもありますが、確か15000円以上のモデルから何か問題になった時にたとえば割れたなら割れたレンズと新品を交換してもらえるとかなくしても何とかしてくれたりとか三ヶ月以内なら違和感があるようでしたらほかのモデルに変えてみてもることもできると言ったいろいろなサービスが用意されていたからと言うのが一番重要な要素でした。

と思っていたんですけれど説明を受けるまでレンズが割れたときに交換してもらえると言うことしか覚えていませんでした。

とまあ少し高いお金を払うことになりますが、このレベルになると商品だけではなくサービスもつけてくれると言う感じなのです。

昔と言っても2年以上前になるのかな?当時ハードコンタクトレンズを作ったときにもこの二つのモデルでどちらにするかと言う選択肢にぶち当たっていたのです。

なんという運命か。

それ以前にはメニコンZというコンタクトレンズを使っていました。
これはこれであまり問題のないものだったんですがサイズが大きく目が重いと言う不思議な体験をするとともに表面張力で確保するのが難しく何度か手の内で踊ってぱりぱり割れていたと言うこともあり軽いものに変えてみようと言うことでコンタクトレンズの変更を思い立ったのです。

当時、ナチュレハードは出たばかりでそもそもTORYってコンタクトレンズを作っていたのですか?と言う感覚でした。
当時の私はまだ一般人でしたので老舗一流メーカーのそれも市場で長いこと選ばれ続けてきたものの方が言いに決まっているということであまり製品そのものを吟味せずに使い続け最後にはやっぱり眼鏡だよねということでしばらく人前に出なければならないときくらいにしかつけてはいませんでした。それも安価なワンデーソフトコンタクトレンズに取って代わられ最近までちょっと誇りかぶっていたものでした。

まあね、ちょっと最近本気で動かない県苦なりつつありますんで早めに装備を整える必要があったのです。眼鏡だと見た感じがよくないんですよね、この前作った眼鏡はどうも調整がうまく行っておらずもう使っていない状況です。と言うか人前に出るようなときにつける眼鏡は端が見切れていたりしてあんまり好きではないんです。


と言うことでJOURNEY has its time 。

何ですけれどもこの誇示加工として調べてみるとなにやら変なうわさがありますね。
もともと二万円くらい安く買えるものかもしれないとか・・・本当か・・・

と言うかこういうのはただのOEMなんじゃないかなと思うんですけれどもどうなんでしょう。
そもそも回答がだと思いますじゃないでしょう・・・

とりあえずこういうものは正規のルートに載っているというものが前提条件なので通販のようなものには手が出ませんね。何かあったときにきちんと対処すべき人がいるべきですからね。

と言う考えも成り立つんですがコンタクトレンズそれ自体が元値はそんなに高くないんではないんですか?もしレンズが何万円もするものであれば無料交換と言うサービスは生じないでしょうし、さらに一年間のメンテナンスサービスつきと考えるのであれば妥当なサービス込みの値段だと思います。



ということで装用開始直後からショッピングを楽しみつつ目の見え方のチェックを行っていたんですが、SWISS MILITARY(スイスミリタリー) ELEGANT BLACKの黒の美しさが少しくすむような気がしました。やはり輝度と言うかエッジについてはかなり落ちるような気がします。
とはいってもソフトコンタクトレンズ以上であることには変わりありませんのでこれは装着間とのトレードオフと考えるべきでしょう。

そのトレードで手に入れた装着間のよさは何者にも変えがたいものであるような気がします。
目を動かしても痛くありません。
このおかげで視界が運用上は広がったような気がします。
本を読むのに苦労しないと言うのもありますがあまり気を使わずに視線を動かすことができることがべったりとくっついてくるソフトコンタクトレンズとは大きな違いです。


今のところ目を開けている状態が苦になると言うことがありません。

これは新境地ですね。


なんというか、ヘッドホンを買ってもいいんじゃないかと思い始めました。HD650個人輸入行ってみるか?

ここにきて大きなターニングポイントが出てきました。

あの時あの選択肢を選んでいれば・・・・と言う思いがいっぱいですがとりあえずこのままこのコンタクトと付き合いを続けてみたいと思います。
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抜歯、血も出なければ腫れもしなかった。
けれど口の中に大きな穴が開くことによっていろんなものがその中に引っかかる。

続けて二本目も抜こうと思ったんですけれど、この穴が二つになることを考えると決断が鈍る。

今やるべきことではないことは今やるべきではないでしょう。


と言うことで穴がふさがり次第抜こうかなぁ・・・

主語述語を書かなければなんとも卑猥な表現になりますね。
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時計とかうざかわいい妹とか

何かのための専用の器具をごてごて持って身動きが取れないようになっている状態と言うものは見ているとなんともこっけいで、そういう専用商法に踊らされている人たちを眺める側に立ってみると本当にこの先いいかも担っているんだなぁとか思うわけです。

しかしその一方で携帯の文化と言うものはとても技術的に優れているらしく何でもかんでも携帯端末で済ませられてしまうと言う時代が今、現に起こっています。



私はどちらかと言うと周囲の人たちに比べてみれば電子機器等には詳しいと言うか抵抗がないほうの人間なのですがそういう人間なのに携帯の操作の仕方というものが不得手であるというとものすごく驚かれます。

携帯ってそんなに大事なものなんでしょうかね?と思います。なんか最近話中にぶつぶつ途絶しているのかノイズが入るので何とかしよう、うん。


ところで何でそういう人間がポタアンどころかCDプレイヤーなんつう二つくらい前の時代の遺物とともに町を歩いているのかと言うと単純にそれがいいと思っているからです。特に意味はない。意味はないけれどそういうふうにものを持ち歩きたいと思うことがまず一つなのだと思います。

このほかにも私は手帳を持ち歩いていますし、お気に入りのペンも持ち歩いています。それに時計も。これだけでも今の若い人たちにとってはものすごい重装備に見えるのかもしれません。けれど何でこういうことをしているのとその理由をとわれると、やはり機能的な面では回答できないのです。


つまるところ私はどのように自分を飾るかと言うところから始まっているのだと思います。
これはあくまでスタイルです。ここから反撃が始まります。



いつものようにまったく話を変えますが柔よく豪を制すとか言う言葉が柔道にはあります。
けれど私のような小さな人間がいくらがんばろうとも柔道で百キロ超級に勝てるわけありません。
柔道のルールと言うものはそういうふうに出来ているのです。

けれどです、私に竹刀を持たせると剣道部員より強いわけです。
空手は腕が届かないのでかぽえらをやるべきだったのかもしれません。



つまるところ自分のやりやすい方法と言うものはいろいろあるものなのです。
方法と結果つまるところこの二つを考えてみた場合には自分にあっているものを選択したほうがいい結果をもたらすことが多いのです。

いろいろと方法論を並べ立ててそれらの優劣を競うと言う方法がいろいろあります。
たとえば光デジタルと同軸デジタルとかの話がそうですね。
実際にどっちが優れているのかはわかりません。理屈の上ではいろいろあるのでしょう。
けれど実際の製品でどちらが優れた結果を出しているのかはその製品を見なければわかりません。

抽象的な方法論と言うものは論理スペックを導き出してくれるもなのかも知れませんが実際に論理値を叩き出せるかどうかは別のお話なのです。しかもそれに予算の話が絡むともうお分かりですね。



実際の製品には不純物などの問題があり論理スペックを実現できるものなどは存在しません。
この程度のことは昔のPC雑誌にはいろいろと書いてありましたが今はどうなんでしょうね?
ここからはどれだけ論理値に近づけるかが勝負だ!と言う話を読んでいると血沸き肉踊ります。
いつからでしょうか、原音を越えることを求め始めたのは。




さて携帯で時間を確認できると言うものは確かに理屈の上ではそうなのでしょう。
だから時計は要らない?
理屈の上では時計と言うものは時間をは知るためだけに使われているものなのでしょうか?
言ってみれば時計とは自分を飾るものと言う点ではもっとも雄弁なものであると言うことはだれもが認めることなのではないでしょうか?

そういう意味で時計を選んで身につけると言う行為は文明的行為ではなく文化的行為と言えるのかも知れません。

そういった文化行為はいったいどのような効果があるのだろうか。

普通は精神的な効果です。
たとえば身を引き締めたり時間を気にさせたり。
時を刻む音に耳を傾けたり。

なんといえばいいのか、自分の周りにも自分以外のものがあると言うことを自覚させるところに時計の効果があるのかもしれません。

時計の効果と言うものはそういうもので極端な例で言えば複数の人間の相手をしている場合には常に時計と向き合ってこれからのスケジュール組み立てとかを意識してそれから物事に取り掛かると言うような簡単な儀式を行うことによって自分に活を入れるとか言うある種の発振子とでもいえるのかも知れません。

こういうたとえが通じるのは特定の趣味を持つ人たちでしょうから別のたとえをすれば自分の意識を律する小さな相棒が自分の腕にまとわりついている、とでもいいのでしょうか。
魔法少女のマスコットのように多弁ではありませんが、現時刻とタイムリミットまでの時間を視覚的に提供するだけのツンデレです。時々どSですけれど。

時計は私に対しては未来を警告すると言う特殊効果を持っているのです。
つまるところ相性です。
ですので相棒は魅力的である必要があるのです。数千円の変なデザインのデジタル時計ではこのような効果は発揮されえないのです。
携帯でも同じ、見たいときにしか見えないと言うものは結構難儀なものです。
勝手に視界に入ってきたり、ふとしたときに目の前で何か静かにコチコチ言っているというふうに存在感があるからこその時計なんだと思います。
見たいときにしか見れない時計では後になってあ!!忘れてた!!とか言うものは単に自分の好き放題にやっているだけのがきにしか見えないのです。
引きこもりと言ったほうが正しいのか。

確かにね分刻みで動いているときにはとても心強い味方になってくれるのです。
時間がないのにもっと出来ると次のことに取り掛かろうとする私は、そこでふと時計に目を留めると軍師が「キケンデスオヤメクダサイ」と語りかけてくるのです。このほかにも時間がないからとせかしてくることもあるのですが3、2、1インパクト、なう・・・とは行かないまでも時間を意識することによって高揚効果、とは違うな、適切なリソース配分が出来るようになるのです。

かんたんなしごとを適当にこなすと言うことは出来るでしょう、けれど時間を意識した中では普通にその仕事をこなすと普通の時間でそれを終わり次にあまったここからここまでに時計の針が動間での時間に何か出来ることはないかなと過去とか未来とかを意識してそれとか周囲に目を向けることとかが出来るようになるのです。
少なくとも時計がないと昼ごろまで惰眠をむさぼって何もしないまま一日がなくなってしまうんだろうなぁ。

時計をはめていると時間に追われているようだとか言う人がいますが別に時計は人をせかしたりはしません。
他人と言うか、時間の流れと言うか、そういうものは昔から存在していましたしね。
昼と夜、日本の四季もそう。
むしろそういうところから隔絶されて昼も夜も、盆も正月も夏と冬の祭りもないような世界に引きこまれている人間に寄り添ってその人だけの時間を刻んでくれているのが腕時計というものなんでしょう。

精神論、抽象論として切り捨てることは出来るかもしれませんが少なくとも分刻みのスケジュールやってたときには時計がないと話しになりませんでした。いちいち携帯をぽっけから出す余裕なんかありませんし、そもそも時間を知るためだけにそんなうざい動作するのも面倒です。傍から見れば結構馬鹿っぽいですしね。


私が腕時計をはめている理由と言うものはこんな感じです。
ほとんど意識の問題です。好き嫌いの問題です。もしくは何かの中のただの一つではいけないから私は時計を独立して持っているのです。これはポタアンとかにも同じことが言えますね。本当に変わっているのかどうかも怪しいPDAにポタアンにイヤホンに、傍から見れば馬鹿のように思えても違いがわかる人にとっては持ち歩く価値があるものなのです。

もしもこの世に携帯電話が先に登場していたとして、果たしてそこに統合されている機能たちが独自の形を持って再登場するであろうか?
このように考えるとおそらくPDAは怪しくてもポタアンなどはやはり登場してくるでしょう。時計はもちろん登場してくるのだと思います。
だってさ、変なところからメールとか電話とかかかってくるかもしれないのに形態とか持ち歩く?
時計があれば時間がわかるしポタアンがあればいい音が聞けるじゃない。
多分そういう話が出てくるのだと思います。
機能としては同じでも運用方法に明確な差異があるのです。

見た目の問題でもただのぶよぶよの腕よりも少しくらいアクセントがあったほうがいいですもんね。
・・・半袖いやです。なんで肌さらさないといけないの、はしたない。とか影でこそこそ思っています。



と言うことでまとめです。

時計と言うものは口うるさいクーデレ幼馴染です。

以上。
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ビジネスカジュアル?

クールビズから開放されてきゃっほう!!と思っていたら次なる刺客が現れる。
名をビジネスカジュアルという。

・・・よくわかりません。
とりあえずフランス人とかイタリアのおっちゃんとかの真似事をすればいいのかね?

まああれでしょう、スーツのような重装ではなくて軽装できてねってことだろうから明るめのスラックスに合わせたちょっと柄の入ったボタンダウンシャツを着ていけばいいんでしょうね。

黒は女を引き立たせるんですよまったく・・・手持ちのほとんどが柄の入っていないオセロのようなものばかりなので買ってこないけんかなぁ・・・また出費が・・・

まああれですね、仕事終わって映画とか一人で行く飲み屋とかに遊びに行くことを考えた格好をしていけばいいんでしょう・・・私は平日でも純白のワイシャツ着てますけれどね・・・この機会に私服兼用のものを物色してみるか。


・・・そうか、私立探偵のようなファッションがビジネスカジュアルなのか!!
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旭化成 モイスオブドロップ

ハードコンタクトレンズに慣れてしまってからと言うもの、もう眼鏡には戻れないとつくづく思う今日この頃。

レーザーしゅじゅちゅでも受ければいいのかもしれませんがなんか怖いのでそこまではやりたくない。

というか現在では一ヶ月装用可能な光触媒かなんかを使ったソフトとハードの中間のようなコンタクトが登場しているようなので近いうちにもっと実用的なモデルが出るんじゃないかと思うので無理したフラグシップに手を出すよりは扱いやすい普及品で耐え忍ぶことこそが案パイなんじゃないかと思う。


なぜかと言うと競合相手がないとどうしても製品の洗練がなされていないような気がするのです。

と言うわけで推奨品ではない薬局で買えるコンタクト装用品の探索を開始しました。



そこで第一弾。
イヒです。

インパクトで手に取りました。

成分的にPVCポリマーと言うのがこれには入っていない、と言う部分で冒険でしたがこれが当たりだったのか?

詳しくはわからないんですが推奨品のようなとげとげしい感じがしません。

つけた直後はごわごわするのですが正直なところ変な潤い成分の入った目薬よりも目に優しい。

今日一日は目薬使わなかった。

これから様子見なんですが結構遠くまで見えるんですね。

なんとなくその刺激物入れてすっきりさせているような感じが一切無いので目が自由に動きます。

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均眼鏡屋で作った眼鏡の解像度がかなり落ちる。

これ妄想じゃないよ。




手元にはもともと使っていた眼鏡(ガラス)と読書用の瓶底とこの均眼鏡があるわけですけれど遠くがぼけるねこれ。

手元を見る分にはなんかぎらぎらしているだけなんですけれど遠くを見たとたんにぼけボケに。
一応国内最大手メーカーのレンズらしいんですけれど何で?グレードとかあるの?

この均レンズだけは去年のものでほかのもののは確か2006年の終わりに作ったモノなんだけれど流通物になんか変な革命でも起こったのか?

コンタクトがあるので今すぐどうこうというわけではないけれど予備弾奏に弾が無いならないで不安。
今度調整に行こう。


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